「家族の写真は残したい」。誰もが願うことですが、手段を誤ると切ない結果を招くことも。筆者の知人A子は家族写真を撮る習慣がない家庭で育ち、人一倍憧れを抱いていました。そんなA子の気持ちを知った夫。しかし、カメラを構えた瞬間、その愛情は「空回り」。よかれと思って暴走してしまった夫と、それを見つめる妻A子のエピソードです。

ファインダー越しに「豹変」する夫

ところが、ファインダーを覗くと夫の人格は一変しました。凝り性の彼は、家族写真を単なる「記録」ではなく、芸術的な「作品」として追求し始めたのです。

「動くな! あご引いて!」「ちゃんとして!」

さっきまで優しかったパパは消え、そこには厳しい演出家のような姿がありました。

当然、遊びの延長だと思っていた子どもたちは困惑。私のために完璧を目指す夫の熱意はヒートアップし、いつしか子どもたちへの理不尽な怒号へと変わってしまったのです。

「パパは好き、でも写真は嫌い」という本音

成長した子どもたちは、カメラを向けると明確に拒絶反応を示すようになりました。

普段は父親と仲良くふざけ合っているのに、レンズが向いた瞬間に表情が曇るのです。

「パパは好きだけど、写真は嫌い。昔、怒られてばかりで怖かったから」

その言葉は、夫にとってあまりにショッキングな告白でした。

彼らが拒絶していたのは父親自身ではなく、父親が作る張り詰めた「撮影の空気」そのものだったことに、ようやく気づかされたのです。

アルバムに残る「ぎこちなさ」もわが家の歴史

「そんなつもりじゃなかったのに……」。子どもたちの言葉に絶句し、肩を落とす夫の姿には、哀愁と少しの滑稽さが漂っていました。

アルバムに残されたのは、緊張で強張った顔ばかり。

しかし、それもまたわが家らしい「不器用な愛の形」なのかもしれません。

美しく整った1枚よりも、撮影後に「やっと終わったね」と笑い合える時間の方が尊い。

写真嫌いな子どもたちと、しょんぼりする夫を見て、私は「写り」よりも大切な家族の「空気」を守っていこうと心に決めたのです。

【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2025年11月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Yumeko.N
元大学職員のコラムニスト。専業主婦として家事と子育てに奮闘。その傍ら、ママ友や同僚からの聞き取り・紹介を中心にインタビューを行う。特に子育てに関する記事、教育機関での経験を通じた子供の成長に関わる親子・家庭環境のテーマを得意とし、同ジャンルのフィールドワークを通じて記事を執筆。