高齢男性の静かな“ひと言”
すると、列の先頭にいた高齢の男性が一歩、彼らに近づきました。どこか余裕を感じさせるたたずまいのまま、ゆったりとした所作で静かな声を投げかけたのです。
「お先にどうぞ。若い人は急ぐからねぇ」
その瞬間、空気がふっと静まりました。大声で笑っていた学生たちの表情が一気に曇り固まりました。
ボールを回す手もピタッと止まり、互いに目を合わせて小さくうなずくようにしてから「大丈夫です……」と控えめな声を落としました。そして、気まずそうに階段へ向かって歩き出したのです。
列に並んでいた周囲の人たちも、どこかホッとしたように静かに見守っていました。
“注意”なしで空気を制した大人の余裕
注意をするわけではなく、たったひと言で空気を変えた男性。あのとき浮かべた柔らかな笑顔は、今でも胸に残っています。
強い言葉でねじふせるのではなく、相手が自分で気づけるように促す——その余裕こそ、本当の“大人の振る舞い”なのだと感じました。
あの日見た静かな一声は、私にとっても大切な教えになりました。やさしさは、ときに注意よりも力を持つ。あの男性の背中が、それを静かに示してくれていたのです。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。