「助け合い」とは、どこまでが心地よい支えあいで、どこからが負担になるのでしょうか。友人が体験した“ママ友の頼みごと”には、思わぬ裏がありました——。そんな「助け合いの難しさ」を感じたエピソードをご紹介します。
クラブチームで出会った気の合うママ友
小学校5年生の息子がサッカークラブに入ったことをきっかけに、ママ友Aさんと親しくなりました。毎週の送迎は大変でしたが、練習を見ながらおしゃべりをする時間は楽しく感じていました。
「家も近いし、協力しあえたらいいね」「困った時は、お互い様!」と、意気投合。そんな相手ができたことを嬉しく思っていたのです。
しかし、まさかあのできごとがきっかけで、心の距離が変わってしまうとは考えてもみませんでした。
はじめてのお願いごと
ある日、Aさんから「母の具合が悪くて、病院に連れていきたい。息子の送迎をお願いできない?」と連絡が入りました。当日のことでしたが、事情を聞いて快く快諾。
その夜「本当に助かった! 母もよくなったから、今度は私が送るね」と届いたお礼のメッセージに、ホッと胸をなでおろしました。
増える頼みと高まるストレス
ところが、翌週も「上の子の、塾から呼び出されて……」と再び連絡が。その後も繰り返し依頼されるようになり、“今回だけ”のつもりが、いつのまにか恒例になっていったのです。
何度も頼まれるうちにストレスがつのり、思い切って「次の練習は、送迎お願いできる?」と聞いてみました。
するとAさんはアッサリ「私は行けないから、じゃあ二人とも休ませよう」と言ったのです。
そのひと言に、胸の奥がスッと冷えるような感覚。 ——助け合いではなく、ただ都合よく使われていただけなのかもしれない……。そう感じた瞬間でした。