「言葉にしなくても通じ合える」──そんな関係に、憧れる人も多いのではないでしょうか。しかし、一見信頼の証のようにも思えるその「沈黙」が、時に深い後悔を生むこともあるようです。今回は筆者の知人のエピソードをご紹介します。
理想に見えた夫婦のかたち
私にとって両親は、理想の夫婦でした。
子どものころから、2人が喧嘩をする姿を見た記憶がありません。
食卓では、父が黙々と食事をして、母がその横で「今日は雨が降りそうね」などと穏やかに話しかけるのが常でした。
私は、2人が多くの言葉を交わさなくても通じ合っているのだとずっと信じていましたし、子ども心に、そんな大人の関係が素敵だと思っていたのです。
母がこぼしたひと言
けれど、父が亡くなった直後、母の口から出たのは意外な言葉でした。
葬儀を終えて帰宅したあと、台所の椅子に座った母は、昔を思い出すようにぽつりと呟きました。
「結局、何も話してこなかったのよね、私たち」
沈黙の中にあった“甘え”
「お父さんの仕事のことも、体のことも、何も聞かなかった。『疲れた?』って聞くだけで満足してたの。もっと話せばよかった。もっと、聞けばよかった」
母は、後悔の念を深く滲ませていました。
「お父さん、無口だったから」と私が言うと、母は「そうね。でも、私もそれに甘えてた。話さなくても通じるなんて、思い上がりだったのかもしれない」と続けました。
思い返せば、父が病気で入院した頃も、母はいつも通り「頑張ってね」としか言っておらず、父も「うん」とだけ答えていました。
その時、お互いにもっと聞きたいことや、伝えたいことがたくさんあったのかもしれないと、私は胸が締め付けられる思いでした。