1歳9か月の娘の「どじょ」のひと声が、周りの人々の心をほぐしました。
やさしさはうつる──そんな世界であってほしいと思えた出来事です。
たまたま乗ったバスで
その日は少し歩き疲れて、珍しくバスに乗ることにしました。抱っこを卒業しはじめた1歳9か月の娘は、よちよち歩きが楽しくて仕方がない時期。空いていた座席に並んで座り、窓の外を指さしては「ブーブー!」「あっち!」とご機嫌でした。
次の停留所に差しかかると、ゆっくりとおばあちゃんが乗ってきて目の前に。すると娘は突然立ち上がり、自分の座席をぽんぽんと叩いてこういいました。
「どじょ!」
まだ舌足らずなその言葉に、思わず車内が少し和んだことを覚えています。
おばあちゃんの笑顔と、中学生の行動
おばあちゃんは驚いたように笑いながら、「いやいや、いいのよ。座ってなさいね」と優しく声をかけてくれました。けれど娘は譲る気満々の様子。私は「じゃあ、私の方に……」と腰を浮かせたその時、斜め前の席にいた中学生くらいの女の子が、すっと立ち上がって言いました。
「ここにどうぞ!」
おばあちゃんは「ありがとうねぇ」と嬉しそうに座り、娘は満足げにその様子を見上げていました。女の子は娘に「めちゃくちゃかわいいね」と声をかけてくれて、娘は照れたようににっこり笑顔を返しました。
優しい空気感が生まれた瞬間
ほんの数分の間の出来事。バスの中には穏やかな空気が流れました。見知らぬ人同士なのに、誰もがどこか優しい顔をしている。公共交通機関に乗っていて初めて感じた空気感でした。
譲られたおばあちゃんも、譲った中学生も、ただ自然に“誰かを思いやる”動きをしただけ。そこに見返りも義務感もなく、まるで呼吸のように優しさが伝わっていきました。
私は娘の小さな背中を見つめながら、「やさしさって、こうやってうつるんだな」と感じました。大人が教えるよりも、子どもの無垢な行動が人の心を動かすのだなと。
世界がこんな空気で包まれたら
バスを降りる時、娘は再び「ばーばい!」と手を振ると、おばあちゃんも中学生も笑顔で手を振り返してくれました。
たった数分の乗車だったのに、心の奥がじんわり温かくなりました。
あの日の車内で生まれたやさしさの連鎖を思い出すたび、願わずにはいられないのです。
もし世界が、あの時のバスのような穏やかな空気に包まれたなら、きっと毎日がもう少しやさしく、あたたかくなるのかもしれないと思いました。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。