筆者の話です。
若い頃、親から「結婚しないの?」と急かされ続けていました。
結婚こそが「幸せの形」だと信じて疑いませんでしたが、離婚を経て実家に戻ったとき、初めて「誰のための人生だったのか」と気づかされました。

親の期待に応えようとした若い頃

若い頃の私は、親の期待を裏切るのが怖かったのだと思います。
「早く結婚しなさい」「いい人がいたら逃さないように」と繰り返される言葉に、焦りや息苦しさを感じながらも「親を安心させたい」という気持ちが勝っていました。

二十代前半から親のすすめるお見合いも断らず参加。
それが「親孝行」だと信じていたのです。

結婚すれば「一人前」とされた時代の空気

結婚すると、親も周囲も口をそろえて「よかったね」「これで安心ね」と言いました。
まるで、結婚が「社会人としてのゴール」かのように。
私自身も、結婚したことでようやく「大人として認められた」ような気がしていました。
でも、その空気にどこか息苦しさを感じていたのも事実です。
誰かの基準で「正解」を決められているようで、心のどこかに小さな違和感が残っていました。

離婚と実家への帰還で見えた「本音」

離婚して実家に戻ると、外聞が悪いとしばらくは「帰ってくるな」と言われた時期もありましたが、いずれ知れ渡るともう小言を言われることはありませんでした。
むしろ、体調に自信がなくなった両親からは「あなたがひとりでいてくれるから、助かるわ」と感謝されるように。

かつて「結婚しろ」と言っていた人たちが、今度は「いてくれて助かる」と言う。
その矛盾に、なんだか力が抜けてしまいました。
親が求める「理想の娘像」なんて、その時々の都合で変わるのだと痛感したのです。

ようやく自分のために生きられるようになった

良かれと思って言ってくれていた言葉も、立場が変われば意味が変わる。
結局、人は自分の都合で他人を評価するものなのかもしれません。
でも、それがわかった今は、もう誰の期待にも縛られません。

ようやく「自分のために生きていい」と思えるようになりました。
後悔のない生き方をしていれば、人の言葉なんてもう気にしなくてもいいのだと気づいたのです。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2025年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。