毎朝の“無言のインターホン”
保育園の開園時間は、朝7時30分。
しかし、まだ門が閉まっている7時20分頃になると、決まってある保護者の方がいらっしゃり、必ずといっていいほどインターホンが鳴る日々が続いていました。
私たちは準備中のため「開園時間までもう少しお待ちください」とインターホン越しにお声がけするのですが、それでも繰り返し無言で対応を求められる状況に、正直、職員はストレスを感じてしまうこともありました。
開園前の10分が大切な理由
保育士の朝は、子どもたちを迎える前の大切な準備時間です。門扉や遊具の安全点検、検温の準備、記録の確認、そして部屋の換気など、どれも欠かせません。だからこそ、私たちは「開園時間」に意味を持たせているのです。
お忙しい中、少しでも早く来たいという保護者の方のお気持ちは、痛いほど理解できます。
早く来た方からすれば「たった5分10分でしょ」と思うかもしれません。
そう考えると、毎朝のインターホンが、職員の小さなため息の合図のように感じてしまう日もありました。
ある朝
そんなある日のことでした。
ふと門の方へ室内から目をやると、いつもとは別の保護者が、開園時間より少し早く門の前に立っているのが見えました。
すると、ちょうどその時、いつも早く来てインターホンを鳴らす保護者もやってきたのです。
私たちは、またインターホンが鳴るかと身構えましたが、その日は一度も鳴りませんでした。
保護者からの“思わぬ一言”
気になってしばらく様子を見ていると、先にいらした保護者がお子さんに向かって、とてもやさしい声で話しかけているのが聞こえました。
「まだ開園時間になってなかったの! 今日は早く歩けたから、ここでママと少し待っていようね」
その声が、門の前に静かに響きます。誰に向けたでもない、ごく自然な、お子さんとのやりとり。
そして、それを聞いたもう一方の保護者の方が、一瞬だけ表情を曇らせたのも窓越しから見えました。きっと、自分が「子どもにどう見えていたか」を意識したのかもしれません。
静かに伝わったメッセージ
その朝の空気は、少しだけやわらかいものになりました。先にいらした保護者は、ただ正しいことを穏やかに伝えただけ。それだけなのに、誰も責めることなく場が整ったのが不思議でした。
時間を守るということは、ただのルールではありません。それは、子どもたちの安全を守り、準備にあたる誰かの気持ちを尊重すること。私たち保育園側も、開園時間の「意味」をより丁寧にお伝えしていく必要があると再認識しました。
子どもたちの安全と健やかな生活のために、ルールの共通理解を大切にしていきたいと感じています。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。