いつものバス停で
朝のバス停に、いつものように小さな列ができていました。
私の友人・久美子さん(仮名・46歳主婦)も、この日は買い物と所用のためにバスを利用。
駅から少し離れた住宅地では、バスが住民の大事な足なのです。
静かに順番を待っていたところ、バスが到着。
ところが突然、背後から怒声が飛んできました。
「あんた、割り込んだだろ!」
見知らぬ60代ほどの男性が、険しい表情で久美子さんを睨みつけていたのです。
乗車の際には、再び怒声を浴びせられ突き飛ばされる始末。
あまりの理不尽さに、久美子さんは呆気に取られました。
凍りつく空気
車内に入った瞬間、しんとした沈黙が広がりました。
誰も何も言わない。けれど視線が突き刺さるように感じて、久美子さんの頬は真っ赤に。
胸の奥には強烈な怒りがこみ上げてきます。
「違うのに……私が悪いみたいじゃない。もう最悪!」
そう叫びたいところですが、おおごとにしたくない。ぐっと我慢です。
悔しさと恥ずかしさがぐちゃぐちゃに入り混じり、久美子さんは座席にたどり着くまでうつむいて床だけを見ていました。
運転手の冷静な一言
その時でした。バスのスピーカーから運転手の落ち着いた声が響きました。
「先ほど、迷惑行為を確認いたしました」
「乗車された男性の方。停車前に女性のお客様が先に並ばれていたことを、運転席から確認しております。 不当な行為はお控えください。」
その一言で、重たかった空気が、少しずつ和らいでいくのを久美子さんは感じました。
「見てたわよ」のあたたかさ
「見てたわよ。大丈夫?」
隣に座っていた高齢女性の優しい言葉に、胸がじんわりあたたかくなりました。
そして、あの怒鳴り男はというと……次の停留所であっけなく降車。
え、結局それだけ? ほんの数分のために怒鳴り散らして、突き飛ばして。
きっと居心地が悪くなったのでしょう。
あれほど威勢よく怒鳴っていたのに、背中を丸めて逃げるように去っていく姿。
思い出すと呆れるけれど、最後に味わった静かなスカッと感は忘れられません。
取材のとき久美子さんは、「今ではもう笑い話なんです」と微笑んで話してくれました。
【体験者:40代・女性/主婦、回答時期:2024年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。