理想の物件との出会い
社会人1年目の頃のことです。
ずっと一人暮らしに憧れていた私は、都会での新生活に胸を躍らせていました。
そんな時、駅近で家賃も相場より安いという、まさに理想的な物件を見つけたのです。
「日当たりも良さそうだし、ここなら快適に過ごせるに違いない!」と、有頂天になっていました。
内見には念のため母も同行してくれたのですが、当時の私は自分の直感を信じ切っていて、母の意見には耳を傾けていませんでした。
完璧な条件が揃っている物件に、文句のつけようがないと思っていたのです。
母の忠告と私の過信
玄関に入るなり、母は「なんだか空気がジメッとしてるわね。この家、湿気がすごいんじゃない?」と、少し眉をひそめました。
しかし、理想の条件が揃っていることに浮かれていた私は、「考えすぎだよ。日当たりはいいから大丈夫でしょ」と笑って流してしまいました。
母の経験からの勘よりも、物件情報に記載された数字を優先してしまったのです。
あの時の私は、まさかその選択が後に大きな後悔を生むことになるとは、夢にも思っていませんでした。
クローゼットに広がる絶望
それから数か月後、梅雨入り間近の蒸し暑い日のことです。
衣替えをしようとクローゼットを開けた瞬間、私は凍りつきました。
お気に入りの革のバッグには一面に斑点が広がり、大切なコートやワンピース、革靴までもがカビに覆われ、無残な姿になっていたのです。
鼻を刺すようなカビの匂いが広がり、目の前が真っ暗になりました。
クリーニングと修理にかかった費用は軽く十数万円を超え、家賃が安いと喜んでいた分、その出費はあまりにも大きな痛手でした。
母の直感を信じていれば……
そんな私の頭の中で何度も蘇るのは、あの日の母の忠告でした。
条件の良さばかりに目を向けて、長年の経験からくる母の勘を無視した代償は、あまりにも大きすぎたのです。
結局、その部屋では落ち着いて暮らすことができず、早々に引き払い、以後の物件探しでは必ず母に室内を見てもらうようになりました。
部屋に入った瞬間の空気感や、壁紙のわずかな色、窓の位置など、母が気にするポイントは私には分からないことも多いのですが、不思議と後からその意味が分かることも多いのです。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。