知らせは突然のこと
「お父さんが心筋梗塞で倒れたの」
母の震える声を聞いた瞬間、全身から力が抜けました。
あんなに元気だった父が――信じられませんでした。
遠く離れて暮らしているため、すぐに病院に駆けつけることもできず、ただ「間に合ってほしい」と祈るしかありませんでした。
「命の危険もある」と聞かされ、これまでの日常が音を立てて崩れていく感覚に襲われました。
無口な父が支えてくれていた日々
父は典型的な会社員で、仕事人間でした。
幼い頃の私にとっては、仕事で忙しく、休みの日もなかなか会えない“どこか遠い存在”。
多くを語らず、不器用で、正直どう接していいかわからない時期もありました。
けれど、大人になってわかりました。
誰とでも自然に打ち解け、その場を柔らかくする力を持つ人だったことに。
家庭でも社会でも、父は目立たない形で、確かに私たちを支えてくれていたのです。
「ありがとう」を伝えられなかった後悔
ようやく病院に到着したとき、ベッドに横たわる父を見て、胸が締めつけられました。
大きかったはずの背中が、急に小さく見えました。
「ありがとう」と声に出したいのに、言葉が喉で止まってしまいました。
もしも、このまま意識が戻らなかったら――。
もっと早く伝えておけばよかった言葉がたくさんある。
その後悔の気持ちが、私の胸を締め付けていきました。
危機を乗り越えた今だからこそ
幸いにも父は一命をとりとめ、今は少しずつ回復に向かっています。
退院後に再会したとき、穏やかに笑う姿を見て、ただ「生きていてくれてありがとう」と思いました。
今回の出来事は、私に大切な気づきをくれました。
親はいつまでも元気でいるとは限らない。
だからこそ、今そばにいる人に「ありがとう」を伝えることが、なにより大事なのだと。
母に、夫に、子どもに、そして父に。
これからは、照れずに言葉にしていこうと思います。
【体験者:40代・主婦、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。