「だいすきだよ」に返せなかった夜
寝かしつけの時間。
布団に入った娘が、私の顔をのぞきこみ、少し照れくさそうに「だいすきだよ」と言いました。
胸の奥がじんわり温かくなる――はずだったのに、その日は疲れがピーク。
「うん……」と返そうとした瞬間、まぶたの重さに負け、そのまま眠ってしまったのです。
涙で知った、届かなかった想い
どれくらい眠っていたのでしょう。
ふと、鼻をすする小さな音で目が覚めました。横を見ると、娘が涙を浮かべています。
「どうして……『だいすきだよ』って言ったのに、何も言ってくれないの?」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられました。
私は、娘が心から伝えてくれた気持ちを、受け止め損ねてしまったのです。
すぐに抱きしめ、「ごめんね。ママもだいすきだよ。すっごく、すっごくだいすき」と伝えました。
しばらくして娘は泣きやみ、ほっとした表情で目を閉じました。
その寝顔を見ながら、私は心の中で強く思いました――もう二度と、この瞬間を逃したくない、と。
限られた“今”を逃さないために
子どもからの「だいすき」は、いつでも聞ける言葉ではありません。
小さな心が感じた“今”の想いを、勇気を出して口にしてくれる。そのタイミングは、二度と同じ形では訪れないかもしれません。
日々の忙しさや疲れで、つい「また今度」と思ってしまうことがあります。
でも、本当に“また今度”は来るのでしょうか。
子どもは成長とともに少しずつ表現の仕方を変えていきます。
今の「だいすき」と全力で伝えてくれる姿は、振り返るときっと短い、“今だけ”です。
子どもとの時間は、永遠ではありません。
それでも、ひとつひとつの「だいすき」にしっかり応えることで、子どもの心には「自分は大切にされている」という温かい記憶が積み重なっていくはず……と信じています。
私があの夜、娘の涙からもらった気づきは、きっとこれからの子育ての指針になります。
限りある“今”を大切にし、心をこめて応えること――それが、私が娘に贈ることのできる、いちばん確かな愛情の形だと思うのです。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。