子宮がん
私は30代の半ばで子宮がんを患ってしまいました。
その時はちょうどPTAの本部役員をやっていたので、治療のことを考えると、2~3カ月は役員の仕事ができないと判断し、学校と会長さんに相談したのです。
すると、PTAの学年委員(本部役員ではない)のYさんがいきなり入ってきて「大変ね。私があなたの仕事は受け持つから、安心して治療して」と言ってくれました。
ありがたいと思った私はYさんの好意に甘えることにしたのです。
噂
その後、私は3ヶ月ほど経って、ようやく日常生活が送れるようになりました。
会長さんへ連絡をし、復帰すると伝えると、どうも会長さんの様子がおかしいのです。
「無理しないで」「こっちのことはいいから」と少し距離を置かれている感じがしました。
何か変だと思って尋ねると「Yさんから聞いたの。すでに手遅れの状態で、余命宣告をされたって」と言われたのです。
それは全くのでたらめ。
私は早期発見できたおかげで、手術こそ受けましたが、あとは通院で経過観察をしていく状態でした。
会長と相談し、Yさんには役員会の時に直接確認しようということになりました。
対決
役員会当日、出席した私を見たYさんは、いきなり「PTAなんて休めばいいのよ~。私に任せておいて!」と声をかけてきました。
わざとらしい言い方にイラっとした私は「なんで病気のことを大げさに言いふらしているの? 私はあなたに病気のことは詳しく話していないし、勝手な噂話を広めないでくれる?」と言い返してしまいました。
するとYさんは「私が本部役員やるって言ってるんだから、大人しくしてれば良いでしょ!」と激怒し、その場を去ってしまったのです。
後日談
後日わかったことですが、どうやらYさんの娘さんは中学受験を考えていたらしく、点数稼ぎで本部役員がやりたかったのだそうです。
本部役員には無事私が復帰し、Yさんはほとんど学校に顔を出さなくなりました。
でも未だにYさんの噂話を信じている人もいて、私を見かけると驚いたような顔をする人もいます。
人の生死にかかわることで、くだらないマウントを取ったYさんのことは、まだ許していません。
【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:RIE.K
国文学科を卒業しOLをしていたが、自営業の父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄多くの「ちょっと訳あり」な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。シングルマザーとして子供を養うために、さまざまなパート・アルバイトの経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地、職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。