人と人とのつながりは、日々の心の支えになるものです。「関係を大切にしよう」と意識している方も多いでしょう。でも、いざという時に手を差し伸べてくれるのは、意外な人物かもしれません。今回は、筆者の知人の体験談をご紹介します。

八方美人を貫く日々

「ご近所付き合いは大切に」。それが、私の長年の信条でした。

婦人会の集まりや仲良しメンバーのランチ会には必ず顔を出し、いつもニコニコと笑顔を振りまいてきました。
いわゆる「八方美人」だったのかもしれません。

夫に先立たれ1人暮らしになってからは、ご近所さんとの交流が寂しさを紛らわす気晴らしにもなっていました。

誰からも嫌われず、波風を立てず、この穏やかな関係を保つこと。
それが私の日々の目標でした。

付き合いの悪い隣人

しかし、ご近所の輪の中に、決して入ってこない人もいました。
我が家の隣に住む女性、Aさんです。

Aさんは、こちらから挨拶をすれば一応返してはくれますが、集まりには一切顔を出さず、一匹狼を貫いていました。

輪を大切にする私にとって、彼女のような存在は正直、快く思えるものではなく、「自分とは違う、理解できない人」だと決めつけていたのです。

骨折で孤独に

そんなある日、私は自宅の階段を踏み外し、なんと足を骨折……!
1か月ほど、ほとんど寝たきりの生活を余儀なくされました。

あれだけ仲良くしていたご近所さんたちは、最初は次々とお見舞いに来てくれたものの、すぐに足が遠のいていきました。

動けない体と静まり返った部屋で、心細く過ごしていた、その時です。
ピンポーン、とチャイムが鳴りました。

玄関先に立っていたのは、なんと隣人のAさん!
彼女は黙って食品や日用品が入ったスーパーのビニール袋を差し出し、「ついでだから」と一言。

帰り際には玄関先のゴミ袋まで、さっと持っていってくれました。

本当のつながり

Aさんの訪問は、それから毎日続きました。

相変わらず無愛想で口数も少ないまま。
でも「かわいそうに」と同情されることもなく、ただ黙って、行動で寄り添ってくれる彼女の存在は、何よりも心に沁みました。

私が必死に築いてきたご近所付き合いは、いざという時にもろくも崩れ去る──砂の城だったのだと、その時ようやく気付いたのです。

今では私とAさんは、不思議な友人関係を築いています。
一緒にいても会話が弾むわけではないのに、なぜかとても落ち着くから不思議です。

Aさんもまんざらではないようで、ニヤッと笑いながら「あんた、誰にでもニコニコしていけすかないと思ってたけど、意外と面白いのね」なんて憎まれ口を叩くことも。

この歳になって、本当の友人に出会えるなんて、人生は分からないものですね!

【体験者:60代・女性、回答時期:2025年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。