突然の骨折
真理子さんが階段を踏み外したのは、いつものように買い物から帰ってきた夕方のことでした。
足首に激痛が走り、そのまま病院へ。
診断結果は骨折で、松葉杖での生活が始まることになったのです。
一番困ったのは、毎日の家事でした。
特に料理は立ち仕事が多く、片足では思うようにいきません。
「どうしよう……」と落ち込む真理子さんに、結婚15年で一度も台所に立ったことのない夫が意外な一言を口にしました。
「俺がやる!」
まさかのシェフがいた
正直、期待していませんでした。
「無理しないで、インスタントでもいいよ」
キッチンの夫に向かって声をかけます。
「任せといて~」夫の返事が聞こえてきました。
冷蔵庫から次々と食材を取り出し、リズミカルに包丁で野菜を刻む音。次第に漂う香り。
そんな時、玄関から元気な声が響きます。
「ただいまー!」部活帰りの中学生の息子が、父親の姿に驚愕。
「はっ?! パパなにやってんの?」
テーブルに並んだのは本格フレンチのフルコース。オニオンスープ、ハーブ香るローストチキン、サーモンのタルタル……。
封印された夢と親の呪縛
一口食べた瞬間、親子三人が同時に目を見開きました。
「うまっ!」
「あなた、いったい何者よ?!」
夫は照れ笑いのあと、ゆっくりと語り始めました。
「実は学生時代、調理師学校に行きたかったんだ」
えっ、と驚く真理子さん。
「でも親に『男が台所に立つんじゃない!』って猛反対されて諦めた。社会人になってもその夢が忘れられなくて、こっそり料理学校に通ったんだ」
夫の告白は続きます。
「結婚後は親の言葉が頭をよぎり『男らしくない』と自分を封印してきたんだ」
こんなに素晴らしい才能を、15年も隠していたなんて──
新たな役割分担の誕生
沈黙の後、真理子さんが笑顔で言いました。
「そんな才能があるなら、足が治っても料理はお任せしちゃおうかしら」
夫は苦笑し「騙されたな」とつぶやきましたが、その顔は家族に才能を認められた喜びで嬉しそうでした。
真理子さん一家に、新しい役割分担が生まれた瞬間でした。
時には思いがけないハプニングが、夫婦の新たな一面を発見させてくれるものですね。
【体験者:40代・女性/ピアノ講師、回答時期 2025年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ITNコラムニスト:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。