「なぜ子どもを送ってくれないんだ!」と怒りを見せたあの日の保護者。こちらの誠意を精一杯伝えたけれど伝わらず、心の中に残ったモヤモヤ。しかし月日が流れ、卒園後にその保護者が語ってくれた言葉によって、全てがふっと腑に落ちた――。日々に追われる保護者の気持ちと、保育園の役割の大切さを改めて感じた出来事を通して、誰かの心にそっと寄り添えるような、あたたかな気づきをお届けします。

閉園間際の保護者からの電話がまさかの――「家の前に送ってくれませんか?」

ある日、保護者から一本の電話がありました。「どうしても迎えに間に合わないので、自宅前まで子どもを送ってもらえませんか?」という内容でした。

保育園外に子どもを連れだして、ましてや子どもを一人その場に残して、我々保育士は帰宅することなどできません。「どんなに遅くなってもかまわない。きちんと職員とともに安全に待っているので、保育園にお迎えに来てほしい」とお願いすることしかできませんでした。丁寧に説明はしたものの、保護者は電話越しに明らかに不満そうで、保育園の閉園時間を1時間以上過ぎて迎えに来た時も、「なぜ送らなかったのか」と怒りをあらわにされたのです。

私たちとしては子どもの安全を最優先にした判断でしたが、その保護者にとっては、想像以上に切羽詰まった状況だったのでしょう。その日を境に、その方との間に目に見えない壁のようなものができたように感じていました。

卒園後、思いがけない再会

それから月日が経ち、その子も無事に卒園。私も新年度を迎え、日々の忙しさに追われながらも、どこか心の片隅にあのときの出来事が引っかかっていました。

そんなある日、ふらりとその保護者が園を訪ねてきました。控えめな笑顔を浮かべ、「今さらなんですが」と前置きしたうえで、こう話してくれたのです。

「本当に、あの頃は毎日が精いっぱいで。余裕がなくて、“送ってほしい”などと頼んだり、感情的になったりしてしまいました。でも、小学校に通うようになって、保育園の手厚さや、先生方の対応のありがたさが、身にしみて分かるようになりました。今さらですが、ありがとうございましたって言いたくて……」

支えることの意味を改めて考える

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていたモヤモヤがスッと晴れていくのを感じました。
私たちは「正しい対応」をしたつもりでも、それが相手にどう伝わるかは、その時々の状況や心の余裕に左右されることもある。だからこそ、一度の出来事だけでは相手を判断できないし、むしろ「今は余裕がないんだ」と受けとめる視点も必要だったのだと気づかされました。

そして、保育園という場所が、単に子どもを預かるだけの場所ではなく、親たちを「支える」場でもあるということを、改めて実感した出来事でもありました。

言葉が遅れて届くこともある

感謝の言葉は、その場では届かないこともあります。けれど、時間が経ってからでも、その想いが届く瞬間がある。
保育の現場では、見返りを求めることはありません。それでもこうして「伝えてくれたこと」が、働く私たちの心をじんわりと満たし、明日への活力になっていくのです。

誰かの「精いっぱい」を、温かく受けとめられる自分でありたい――そんな想いが残る、忘れられない再会でした。

【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年8月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。