出勤ラッシュと真夏の暑さに包まれて
あの日は、真夏の金曜日の朝。産休に入る直前でお腹もだいぶ大きくなっていた私は、ただでさえ暑い季節に、重い体で一生懸命駅まで向かい、電車に乗る前からすでに汗だく。
それでも、平日は毎日のようにぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、職場へ向かいます。朝のラッシュ時、席を譲ってもらえることなどほとんどなく、私自身も「仕方ないよね」と期待せずに立ち続けるのが当たり前になっていました。
ふと差し伸べられた優しさ
その日も、普段通りの満員電車の中、お腹を守りながら必死にバランスを取り、暑さと疲れをやり過ごすことだけを考えていました。そんな中、目の前に座っていた小柄な中学生の男の子が、ふいに立ち上がって声をかけてくれたのです。
「あの……座ってください」
驚いて一瞬固まる私に、彼は照れくさそうに、それでもしっかりとした声で続けました。
「赤ちゃん、楽しみですね!」
その笑顔は、まだ幼さが残るものの、とても爽やかで、真っすぐな優しさがにじんでいました。私は「ありがとう」と何度も頭を下げながら、胸がじんわりと熱くなるのを感じました。
母になる私の、未来への願い
電車の中でほんの数駅だけ座らせてもらった時間でしたが、あの瞬間のことは今でも鮮明に覚えています。息苦しさや疲労感が和らいだのは、席に座れたからだけではありません。
誰かが見ていてくれたこと、そしてまだあどけなさが残る少年が自然に優しさを差し出してくれたことが、心に深く響いたのです。
あの時、心の中で思わずつぶやきました。
「私の息子も、こんなふうに人に優しさを向けられる子に育ってほしい」と。
その願いは、今でもずっと私の中にあります。あの日出会った“小さなヒーロー”のように、誰かの心をふっと軽くできる優しさを、息子も持ってくれたら——。
真夏の満員電車での一瞬の出来事が、母になる私の胸に、忘れられない希望の種を残してくれました。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。