不自然な「差し入れルール」
息子が中学のバスケ部に入って半年ほど経った頃のことです。
土日の練習後、何人かの保護者が飲み物やお菓子などを差し入れするようになりました。
最初は善意だと思っていたのですが、ある時から「◯◯さん家、また何も持ってこなかったね」といった声が聞こえるようになり、なんとも言えない空気に。
暗黙のうちに“やるのが当たり前”になっていて、私も数回持参しましたが、正直、毎回の出費も地味に痛く、どこかモヤモヤしていました。
ママ友の一言に救われた
そんなある日、同じ学年のママ友・B子さんが練習後にふと口を開きました。
「うちは、差し入れやめるね。やりたい人がやればいいと思うし、持ってこなかった人の名前出すのって、ちょっと変じゃない?」
その場が一瞬しんと静まりましたが、B子さんは落ち着いた表情のまま続けました。
「子どもの部活で、なんで親がここまで気を遣わなきゃいけないの?」
その言葉に、私は思わずうなずいていました。
空気が変わった瞬間
それをきっかけに、「うちも実は負担だった」「なんとなく続けてただけ」といった本音があちこちから漏れるようになり、結果として、差し入れの文化は自然と収束しました。今では、差し入れはあくまで好意として扱われ、押しつけがましい雰囲気はありません。
無理して合わせる必要はない
B子さんの率直な言葉に、私は救われた気持ちでした。
差し入れを心から楽しんでやっている人がいる一方で、子どもが頑張る姿を、笑顔で見守るために親自身が無理をして空気に合わせる必要なんてない。
小さな違和感も、声に出していいんだと、あの日の出来事が教えてくれました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:池田みのり
SNS運用代行の職を通じて、常にユーザー目線で物事を考える傍ら、子育て世代に役立つ情報の少なさを痛感。育児と仕事に奮闘するママたちに参考になる情報を発信すべく、自らの経験で得たリアルな悲喜こもごもを伝えたいとライター業をスタート。