「ありがとう」が言えない息子
当時5歳だった息子は、「ありがとう」を言うのがとても苦手でした。
お菓子をもらっても、何かをしてもらっても、ただ無言でいるだけ。
そのたびに私は「ほら、なんて言うの?」と促すのですが、息子は恥ずかしそうに黙り込んでしまいます。
周りの目が気になり、「しつけができていない親だと思われたらどうしよう」と、私のイライラと焦りは募っていくばかりでした。
問い詰めるほどに遠ざかる
「どうして言えないの?」と、ついには息子を問い詰めるような言い方をしてしまうこともありました。
しかし、私の焦りが伝わるのか、そうすると息子はますます口を閉ざしてしまいます。
感謝の気持ちを教えたいだけなのに、これでは本末転倒です。
どうすればこの子の気持ちを育めるのだろう……。
そんな悩みを抱え込み、途方に暮れていたある日。
私は思い切って、子育ての先輩である義母に相談してみることにしました。
ハッとさせられた義母の“視点”
私の悩みを聞いた義母は、静かにこう言いました。
「ありがとうは言葉だけじゃないのよ。あの子は、ちゃんとうれしい気持ちを顔に出してるじゃない? 大事なのは、まずそこだと思うわ」
その言葉に、私は胸を衝かれたような気持ちになりました。
確かに、息子はお菓子をもらうと目をキラキラさせ、本当にうれしそうな顔をするのです。
人に何かをしてもらったときも、その人の顔を見てニコニコと笑います。
私は「感謝は言葉で伝えるもの」という、大人の常識にとらわれすぎていたのかもしれない。
1番大切な息子の「心」を見ていなかったことに、そのときやっと気付きました。
言葉より大切な、心のコミュニケーション
その日を境に、私は息子に「ありがとう」を強要するのをやめました。
代わりに、彼の表情やしぐさをしっかり見て、「うれしいんだね」「よかったね」と気持ちを代弁するようにしたのです。
すると、私の心が軽くなっただけでなく、息子も少しずつ、照れながらも小さな声で「……ありがと」と言えるようになってきました。
子どものペースを尊重すること。
義母が教えてくれたのは、育児で何より大切な心構えでした。
今では、息子の笑顔こそが、私にとって何よりの「ありがとう」になっています。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。