母は人の世話を焼くのが好きなタイプで、今も『あの人に声をかけたら?』とよく言います。
でも介助で精いっぱいの私は、母の“理想”まで背負えなくなっていました。
母は昔から世話好きな人
母は昔から、人の世話を焼くのが好きなタイプでした。
元気だった頃は、家族や近所の人のことまで気にかけ、困っている人を見つけると自分から動いて助けるような人だったのです。
例えば、買い物帰りに荷物を抱えていたお年寄りを家まで送ったり、地域の行事では誰よりも早く準備に駆けつけたり。
「気づいたならやってあげればいい」という考えが、母の中では当たり前になっていました。
今も変わらない母の口癖
今は車いす生活となり、外出時は私が準備や介助を全部しています。
それでも母は、通院の待ち時間や買い物の途中で
『あの人に声をかけてあげたら?』『あれを持っていってあげたら?』と、当たり前のように言うのです。
母が頼むのは、自分の用事だけではありません。
人に頼まれた手続きや、ちょっとした買い物まで、私が一緒ならできると思うのか、さらりと口にするのです。
昔と変わらず「誰かのために」と思える母は立派だと感じます。
けれど、その役割を背負うのは、今の私なのです。
私の気持ちの限界
もちろん、母の気持ちはわかります。
言われた通りに動けば、きっと誰かが喜んでくれるでしょう。
でも正直、母の介助だけで精いっぱいです。
母の荷物を抱えながら他人の買い物まで持ち、手続きも代行し、帰宅すれば家事や自分の仕事も待っています。
実際に動くのは私で、体力的にも気力的にももう限界でした。
母の言葉を聞くたび、心の中で『それ全部、私がやるんですけど!』と叫びそうになります。
笑ってごまかすけれど、本当は一度くらい言い返したい。
でも母の期待を裏切りたくなくて、結局何も言えずに飲み込んでしまう。
そんな自分にも少し疲れていました。
母の理想を全部は背負えない
母は「若いんだから、もっと動かないと」と軽く言います。
でも私も年齢を重ね、昔のようには動けません。
お世話だけでも手いっぱいなのに、その理想まで背負うのは難しい。
その日、私は「もう全部は受け止めない」と心の中でそっと決めました。
母の思いやりは大切にしつつ、できることとできないことの線引きを、自分の中で持とうと思ったのです。
【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。