それは、息子がまだ1歳になるかならないかの頃。電車内で突然泣き出した息子が泣き止まず、周囲の目を気にして焦っていた筆者を救ってくれたのは、見知らぬ若者たちでした。

小さな我が子との、ある日の帰り道

小さな息子を連れての電車移動は、毎回が冒険でした。
ある日、夕方の少し混み始めた時間帯に乗った電車の中で、突然息子が泣き始めたのです。

すぐさま立ち上がり、あやし始めますが、ぐずぐずと泣く声は、やがて大声になり、周囲の視線が一斉に私たちに集まりました。
抱っこで縦揺れをしながら、声をかけ、持っていたおもちゃを差し出してみても効果はなく、私はどんどん焦っていきました。

汗がにじみ、心臓の鼓動が速くなるのが自分でもわかる……泣き止まない息子と、周囲への申し訳なさでいっぱいの自分に、焦りだけが募ります。

思いやりは、そっと差し出される

「次の駅で一度降りようかな……」限界を感じ始めていたそのとき、少し離れたところにいた若いカップルが傍に来て、女性が「赤ちゃん、かわいいですね」と声をかけて微笑んでくれました。
その笑顔に、私の張り詰めていた気持ちはふっとゆるみました。
緊張していた息子も、その笑顔に気を引かれたのか、急にピタッと泣き止んで、目をぱちくりさせていました。

女性は、「お目めくりくりだね!」と言いながら、カバンから小さなミッキーマウスのぬいぐるみキーホルダーを見せて「ミッキー知ってる? 好きかな?」と話しかけてくれました。

息子はそのぬいぐるみをじっと見つめ、なんと、小さく笑ったのです。

幸せな記憶は、誰かの優しさから

しばらくの間、3人であやすような形になり、私はようやく深く息をつけました。
何気ないそのやり取りが、どれだけ心強かったかは、言葉にするまでもありません。

目的の駅で降りるとき、私は「本当に、ありがとうございました」と何度も頭を下げました。
カップルのふたりは「いいえ、赤ちゃんかわいかったです」「バイバイ!」と、またにこやかに微笑んでくれました。

見ず知らずの人が、こんなにもあたたかく寄り添ってくれることがある―――
育児は孤独に感じることも多いけれど、あの日の出来事が、今も私の心を優しく支えてくれています。

世代を超えてつながる優しさに

電車の中でのたった数分間の出来事でしたが、私にとっては忘れられない大切な思い出です。
世代も立場も違う人と、ほんの一瞬だけ気持ちが通じ合った、あの奇跡のような時間。

子育て中の今、誰かの優しさがどれほど救いになるかを、私自身が知っています。
だからこそ、あの日の恩返しのように、私もまた誰かの不安な顔に気づいたら、そっと寄り添える人でいたいなと思っています。

【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年7月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。