静まり返った夜のバス停
その日は残業で、会社を出た頃にはすっかり夜も更けていました。
最寄りのバス停に着くと、人通りはほとんどなく、辺りは静まり返っています。
手持ち無沙汰にスマートフォンを眺めながらも、なんとなく心細く、風で葉が揺れる音にさえ、びくっとしてしまう始末。
早くバスが来ないかな……と心の中で呟きながら、無意識に身をすくめていました。
背後からの声
その時、ふいに背後から「遅い時間に1人で大丈夫ですか?」と、落ち着いた低い声が聞こえたのです。
心臓が喉から飛び出しそうなくらい驚いて振り返ると、40代くらいの男性が静かに立っていました。
きちんとしたスーツ姿で、物腰も柔らかく、威圧感は全くありません。
一瞬、ぐっと身構えた私でしたが、彼の優しそうな目元を見て、張り詰めていた緊張がほんの少しだけ和らぐのを感じました。
「すみません、驚かせたくなかったんですけど……」そう言って彼は、少し申し訳なさそうに眉を下げました。
もうひとつの人影
戸惑う私に、男性はそっと後ろの植え込みを指さしながら、小声で続けました。
「あそこの植え込みに、ずっと動かずにいる人影があって。気づかずにいらっしゃるのは危ないかと思いまして」
よく目を凝らすと、確かに暗がりの中に、ぼんやりとした人の形が見えます。
息を呑んだ私に、彼は「バスが来るまで、ここで一緒に待ちましょう」と言い、気を遣ってか少し距離をとって隣に立ってくれました。
そのさりげない優しさが、どれほど心強かったことか分かりません。
優しさに救われた夜
やがて遠くにバスのヘッドライトが見え、私は心から安堵しました。
バスに乗り込む私に、男性はにっこりと微笑み、「お気をつけて」と軽く会釈をして、自分は離れた座席へと向かっていきます。
ほっとして窓の外に目をやると、あの植え込みからフードを深くかぶった人物がのっそりと出てきたので、ゾッとすると同時に改めて男性の優しさに感謝の気持ちが湧きました。
もし彼が声をかけてくれなかったら……。
知らない人のさりげない気遣いが、こんなにも心強いものなのだと実感した出来事でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。