疲労困憊の帰り道
その日、私は都内で開催された大規模な合同展示会に、自社のスタッフとして遠方から参加していました。
朝から1日中立ちっぱなしで、お客様への対応に追われ、気づけば足はパンパンに。
全ての片付けを終えて、夜の新幹線に乗り込んだ頃には、もうヘトヘトでした。
車内を見渡すと、私と同じようにスーツ姿でぐったりしている人ばかり。
きっと、同じ展示会からの帰りなのでしょう。
突然、肩に重みが
発車して間もなく、隣の席の男性が缶ビールを開けて一気に飲み干すと、スマホをいじりながらこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めました。
案の定、車体がガクンと揺れた瞬間、男性の頭が私の肩にストン。
息が詰まるような不快感に、私は意を決して「すみません」と声をかけました。
すると彼は半目を開け、あろうことか「チッ」と舌打ち!
「……うるさいな。肩くらいちょっと貸してくれてもいいだろ」
信じられない一言に、頭の中が真っ白になりました。
颯爽と現れた救世主
恐怖と悔しさで何も言い返せず固まっていると、後ろの席からすっと立ち上がる人影が。
凜とした女性の声が、静かな車内に響き渡ります。
「うるさいのは、そちらではないですか?」
振り返ると、私より少し年上の30代くらいに見える女性が、こちらを見下ろしています。
男性は「は? 関係ないだろ」と反論。
しかし女性は冷静に言葉を重ねました。
「あなた、昼間の展示会で○○産業のブースにいらっしゃいましたよね?」と。
男性の顔が一瞬で青ざめます。
さらに女性が「私は△△商事の営業担当です。御社の社長にはいつもお世話になっていますが、この様子を見たらきっと悲しまれるでしょうね」と告げると、誰もが知る大企業の名前に、男性は完全に凍りついていました。
人の温かさに救われた夜
「若い女性に迷惑をかけて、指摘されたら逆ギレして……。そんなにお疲れなら、席を替わってさしあげます。私の隣、空いてますから」と女性。
その提案に「い、いや、別に大丈夫……」と男性はしどろもどろ。
彼女はそんな彼を「この方は大丈夫じゃないんです。早く席を替わってください」と一蹴しました。
結局、男性は席を立ち、周囲からクスクスと笑い声が漏れる中、女性と入れ替わることに。
女性は私に向かって「怖かったでしょ。でも、あなたは悪くないから」と優しく微笑みます。
その言葉に心の緊張がふっと解け、涙が込み上げ、視界が滲みました。
振り返ると、男性は隅の席で縮こまりながらスマホを握りしめています。
見知らぬ女性の優しさが、疲れ切った心にじんわりと染み渡る夜でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。