帰省先の夏祭り。「二人でまわりたい」と義母が言ったとき、筆者の友人・美穂さん(仮名)は少し驚きました。普段はお互いに距離を取り、あまり深く関わってこなかった義母と過ごした時間は、思いがけず心に残る夏の思い出になりました。

突然の“二人きり”宣言に、戸惑う

美穂さんが家族で義実家へ帰省した日は、
ちょうど町内の夏祭りでした。

子どもたちは「やったー!」と大はしゃぎ。
にぎやかな空気に包まれる中、
到着してすぐ義母が口にしたひと言に、美穂さんは戸惑います。

「私、美穂さんと二人でまわってくるから」

これまで少し距離のあった義母と、突然二人きりに。
ぎこちない沈黙の中、
美穂さんは言われるままに歩き出しました。

“家族”として迎えられた、やさしい時間

屋台の前を通るたび、あちこちから
「よう来なさった!」と声がかかります。

義母は笑顔で応じながら、
「うちのお嫁さんなのよ」と、美穂さんを紹介してまわりました。

最初は戸惑っていた美穂さんも、自然と笑顔になっていき、

町との距離も、心の距離も、そっと縮まっていく気がしたそうです。

二人は参道を抜け、神社の奥にある小さな見晴らしのいい広場へと向かいました。

義母の涙

丘のベンチに腰を下ろした義母が、
「ちょっと、写真を撮ってくれる?」と笑って言いました。

手提げバッグから取り出したのは、
小さなテディベアと浴衣姿の義父の写真です。

「これね、結婚前のデートで買ってもらったのよ」

義母はテディベアを隣にちょこんと座らせ、
昔の思い出話をしながら、膝に写真をそっと置きました。

ここは、義父とよく訪れていた場所だったのです。

「お父さん優しかったのよ。思い出すと、まだ涙が出ちゃうの」

そのひと言に、美穂さんは胸がじんとしました。

短いLINEに

祭りの帰り道、義母がそっと言いました。
「こんなこと、美穂さんにしかお願いできなかったのよ。ありがとうね」

その声は、やさしくて、少し寂しげでした。
普段は淡々として感情を見せない人なのに、
あのときだけは、素直な気持ちがにじんでいました。

その夜、美穂さんのスマホに届いたLINEには、
「また一緒に行ってもらえたら嬉しいな」と短く綴られていました。

家族には見せない、義母と美穂さんだけの小さな夏の秘密が、そっと胸に刻まれました。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2023年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。