偏見の中で
そのころ、私は建設会社で事務をしながら、サポート役としてときどき現場にも足を運んでいました。
紅一点とまではいきませんが、職場はまだまだ男性が大多数を占める世界。
中でも上司のN田部長は、「男社会」という言葉を体現したような人でした。
現場に顔を出せば「女は事務所で電話番でもしていろ」、何か意見をしようものなら「女は何も分かっていないんだから、黙ってサポートだけしてればいい」と言い放つのです。
正直、悔しさでいっぱいでしたが、反論しても無駄だと分かっていました。
だから私は、黙々と仕事をこなし、困っている人がいればすぐに手を差し伸べる。それだけを心掛けていました。
灼熱の現場、突然の出来事
ある日、私は業務の一環で現場のチェックに訪れていました。
その時は7月。外気温は35度を超え、ヘルメットの中は汗でびっしょり。
そんな灼熱の現場に、N田部長が視察にやってきました。
部長はいつも通り大きな声で檄を飛ばしていました。
しかし、しばらくしてその声がふっと途切れたかと思うと、部長の体がぐらりと傾き、そのままゆっくりと崩れ落ちたのです。
一瞬、誰もが動けずにいる中、私ともう1人の女性社員だけが部長に駆け寄り、体を支えて日陰に移動させました。
熱中症対策で持ち歩いていた氷嚢で首元を冷やし、意識が朦朧としている部長の口元へ、ゆっくりと経口補水液を運びました。
部長の口から出た“意外な言葉”
その後、幸いにも大事には至らず、部長は数日で職場に復帰。
職場に戻ってきた部長は、あのとき駆け寄った女性スタッフと私に菓子折りを手渡し、こう言いました。
「……あんたたち、ちゃんと見てるんだな。俺の方が見えてなかったかもしれん。ありがとうな」
あの一件で、部長は「女性=戦力外」と決めつけていたことを反省したようでした。
変化は静かに始まっている
それからというもの、N田部長の態度は少しずつ変わっていきました。
もちろん、急に物分かりの良い上司になったわけではありません。
でも、私たち女性スタッフを頭ごなしに否定するようなトゲのある言葉はなくなりました。
むしろ、現場の細かなことについて「お前たちの方がよく気づくだろう」と意見を求めてくることさえあります。
まだまだ古い体質が残る現場ですが、徐々に人の意識は変わっていく。そんな“変化の兆し”を感じた出来事でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。