子どもが巣立ち、ふと訪れた静かな日常。
「ようやく自分の時間が持てる」と思っていたのに、鏡の中に見えるのは、かつてと違う自分の姿。しみ、しわ、白髪……。
筆者の知人A子は、年齢のサインに気づかぬふりができなくなったとき、心に焦りと寂しさが押し寄せてきました。
けれど、ある偶然の出会いが、そんな日々に少しだけ光を灯してくれたそうです。

思いがけない再会がくれた気づき

ある日、勤務先のショッピングセンターで、懐かしい顔と再会しました。学生時代の同級生です。
彼女は晩婚で、小学生の子どもを育てていると話してくれました。
慌ただしい様子のなかでも、どこか張りのある雰囲気があり、同じ年齢とは思えないほど生き生きして見えたのです。

私は仕事中だったため、長くは話せませんでしたが、その姿が強く印象に残りました。「年齢だけではない何か」が、彼女の中にあるように思えたのです。

これからは、自分の人生を取り戻す時間

数日後、彼女から連絡がありました。
「A子、少し元気なさそうだったから」と、久しぶりにゆっくり話す機会を持ちました。
彼女はこう言いました。

「私も体や顔はそれなりに老けたと思うよ。でも子どもに振り回されて、自分の老いを気にする暇がないの」
そして続けて、

「A子はちゃんと子育てをやりきって、今ようやく自分に向き合う時間ができたんだよ。だから、今度は自分を大切にしていいと思う」と。

その言葉を聞いたとき、胸の奥がふっと軽くなるような気がしました。

それからの私は、自分のための時間を意識して持つようになりました。
音楽を聴いたり、散歩に出かけたり。すると、何気ないことが以前より色鮮やかに感じられるようになってきたのです。

老いをすぐに受け入れられるわけではありませんが、自分の今を否定しない。それが、これからの私の一歩だと感じています。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2025年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:Yumeko.N
元大学職員のコラムニスト。専業主婦として家事と子育てに奮闘。その傍ら、ママ友や同僚からの聞き取り・紹介を中心にインタビューを行う。特に子育てに関する記事、教育機関での経験を通じた子供の成長に関わる親子・家庭環境のテーマを得意とし、同ジャンルのフィールドワークを通じて記事を執筆。