終電間際、駅のベンチで
その夜は仕事が長引いて、帰りがすっかり遅くなっていました。
終電間際の乗り換え駅のホームで、人通りのないベンチに座って、電車を待っていたときのことです。
ふと隣に腰かけてきたのは、スーツ姿の男性。
清潔感があって優しげな雰囲気のその男性は、「すみません、このあたりに詳しいですか?」と私に声をかけてきました。
あまりに丁寧な話し方だったので、つい警戒心が薄れてしまったのです。
「娘と待ち合わせていて……」
男性は続けて「娘と待ち合わせなんですが、場所がよく分からなくて……。連絡もつかず困っているんです」と話しました。
突然の出来事に戸惑いましたが、何か力になれたらと思い、私はスマホの地図アプリを一緒に確認したり、周囲の道を説明したりしました。
男性は「ありがとうございます、助かります」と感謝の言葉を口にし、私も少しホッとしていました。
ところが、続けて男性は「娘と無事に会えるか不安なんです。ほんの少しだけでいいので、駅の外まで一緒に来てもらえませんか?」と頼んできたのです。
そのとき、直感で「何かおかしい」と思いました。
違和感の正体
こんな時間に駅の外で2人きりになるのはさすがに危険だと思い、「すみません、急いでるので」とその場を離れました。
男性は少し残念そうな表情をしていましたが、それ以上は何も言ってきませんでした。
それから数日後、スマホで何気なく地元のニュースをチェックしていたときのことです。
ある記事の見出しに目が留まりました。
【駅で女性に声をかけ、不審な誘導を繰り返す中年男性を警察が捜査中】
記事には防犯カメラの映像もあり……私は思わず目を疑いました。
画面に映っていたのは、あのとき声をかけてきた男性だったのです!
「優しそう」で安心してはいけない
記事によると、男性は複数の駅で同じような手口を使い、女性を人気のない場所に誘導しようとしていたことが分かりました。
警察も注意喚起を呼びかけているとのこと。
あの夜、駅の外に出ていたら、一体どうなっていたのでしょうか。
外見や口調が穏やかだからといって、必ずしも安全とは限らない。
「娘がいる」という話も、本当かどうか分からないのに信じかけていた自分が怖くなりました。
雰囲気や言葉に惑わされることなく、自分の身は自分で守るという意識を改めて強く持つ必要があると感じた出来事でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。