赤ちゃんと過ごすための赤ちゃん休憩室は、安心してお世話ができる大切な場所。そこにいたのは、まさかの非常識集団でした。筆者の友人・A子さんが休日に立ち寄った赤ちゃん休憩室で起きた、ちょっと信じがたい話です。

赤ちゃん休憩室

家族が増えたA子さんにとって、赤ちゃんとのお出かけは新しい発見の連続です。
この日も、休日のショッピングモールに家族3人で訪れていました。
「そろそろ、おむつ替えなきゃね」
赤ちゃん休憩室は、親にとって欠かせない大切な場所。授乳もできるし、ミルク用の給湯もある。小さな命と向き合う、貴重な空間だと感じていました。

ところが。
「えっ、何これ……」
ベビーカーを押して中に入った瞬間、A子さんは思わず足を止めました。

聞こえてきたのは、赤ちゃんの泣き声ではなく、甲高い笑い声。そして、大音量のスマホのゲーム音。
視線を上げると、おむつ交換台の一つに、若い男性が靴を脱いで腰を下ろし、片膝を立ててくつろいでいます。その向かいのソファーには、同じ制服を着た若者たちが数人。足を投げ出し、スマホを片手に談笑に夢中でした。

「パパ、この人たち、あの飲食店のスタッフじゃない?」
私は一旦部屋を出て、他のお母さんたちに気を使って部屋の外にいた夫に思わず小声でそう伝えました。
すると夫はゆっくりと顔を上げ、中に入っても大丈夫か私に確認すると赤ちゃん休憩室に入っていきました。
そして問題の光景を目にした夫の表情には、怒りがにじんでいました。

哺乳瓶でミルクを飲ませているママは、赤ちゃんを抱っこしたまま座れずに立っていて、そのすぐそばでは他の赤ちゃん連れの家族も、異様な空間に戸惑ったまま言葉を失っていました。

え、ここで?

ソファの足元には、ジュースの空き容器やスナック菓子の袋。
おむつ台の脇には、お惣菜のパックまで落ちていました。
その横で、ミルク用の給湯器でお湯を注ぎ、カップラーメンを作っている若者の姿。制服姿のまま、笑いながら堂々とやっていたそうです。

「ラーメン? え、ここで?」
A子さんは心の中では大声でしたが、実際は唖然として声が出ませんでした。

周囲には赤ちゃん連れの家族が3組。
泣いている子をあやしながら、みんな一様に呆れた顔をして、おむつ交換台が空くのを待っていました。
なのに、誰も何も言えないまま、ただその光景を見ている。
赤ちゃんのための場所が、関係のない誰かに占領されている。そのことが、じわじわと腹の底にたまっていきました。

「これ……黙ってていいのかな」
A子さんがぽつりとつぶやくと、隣で夫が拳をぎゅっと握っていました。
黙ったまま、まっすぐに若者たちを見つめています。
いつもは穏やかな人なのに、その目には怒りが宿っていました。

頼りない夫が動いた日

普段はおとなしく、誰かに意見するなんてほとんどない夫が、静かに一歩前へ出ました。
「ここはベビー用ですよ」
穏やかな声でした。でも、言葉には確かな意志が込められていました。

けれど、若者たちは反応しません。まるで聞こえていないかのように、スマホを見つめたままです。
そう、わかりやすいほどの無視。

夫は数秒立ち尽くしたあと、小さくうなずき「案内所行って、人呼んで来るわ」一言つぶやき、A子さんの隣を離れました。
その背中は意を決したような、真っ直ぐな歩き方でした。

しばらくして戻ってきた夫の後ろには、スーツ姿の責任者がいました。
夫は静かな怒りを抱えた声で、状況を説明します。

責任者の一言が「皆様、大変申し訳ありません!」空気が少し、ぴんと張り詰めました。

すると、ひとりの若者が口を開きました。
「ここ休憩室でしょ? 何が悪いの?」

彼らは逃げるように、食べかけのラーメンをおむつ交換台に置き捨て、足元のゴミを蹴り飛ばしながら去っていきました。

その瞬間、A子さんは気づきました。
通じなかったんじゃない。最初から、聞く気なんてなかったのだと。

怒りと、やるせなさ。その両方が、その場にいた全員の胸に、ずしりと広がっていきました。

数週間後に見た“静かな結末”

あの日から、数週間が過ぎたころのことです。
A子さんはショッピングモールを歩いていて、ふとあの飲食店の前を通りかかりました。
シャッターが下り、貼り紙には「閉店のお知らせ」とだけ書かれていました。

あの場所での振るまいを見れば、夫が声をあげなかったとしても、結果は自然と現れた気がしました。

赤ちゃん休憩室は、ただの休憩所ではありません。
ミルクをつくり、おむつを替え、服を着替えさせる。小さな命と向き合う大切な時間を、安心して過ごすための場所です。

因果応報──そう感じた瞬間もありました。
けれど、それ以上にA子さんの胸に残ったのは、「誰のための空間か」を考えられない人がいる場所は、やがて選ばれなくなるという思いでした。

そして何より、あの日、黙って見ているだけではなく、静かに動いた夫の姿。
あのとき夫が動かなければ、A子さんはきっと、何も言えなかったと思います。

そのときを思い出すと、頼りないなんてもう言えません。
何より誇らしく思えてならないと、A子さんは話していました。

ショッピングモールに、もうあのスタッフたちがいた店がないこと。それが、答えなのだと思いました。

【体験者:30代・会社員夫婦、回答時期:2023年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。