ランチタイムの相談
洋子さんの職場には、自然と集まった4人の女性グループがありました。年上の先輩ふたりと、同期のC子さん。そして洋子さん。気取らない関係で、ランチの時間はちょっとした息抜きだったそうです。
その日も、他愛ない話をしながら笑っていたのに、ふとC子さんが真顔になりました。「ねぇ、ちょっとだけ、聞いてほしいことがあって……」
そのひと言に、なんとなく空気が変わり、皆が自然と耳を傾けました。
「最近、家の空気が重くてさ。夫と話すのも疲れちゃってね」
C子さんの声は小さく、でもその言葉には確かな重さがありました。誰もがそれを感じ取り、黙って頷いていたといいます。
洋子さんは、同期としてC子さんと一番近い存在でした。
そのひと言が“地雷”だった
その日以来、C子さんはランチのたびに、夫婦の悩みを打ち明けるようになりました。
「また喧嘩しちゃってさ」「もう限界かも」
仲良し4人組は、箸を動かす手を止めながら、耳を傾けていました。
ある日、いつもより表情が曇っていたC子さんに、洋子さんはそっと声をかけました。
「自分の気持ちに正直に生きないと、しんどいよね」
ただ励ましたかったのです。なぐさめでも、正論でもない。近くで見ていたからこそ出た、自然な言葉でした。
洋子さんの声かけに、C子さんは「そうだよね、自分の気持ちって大事だよね」
少しうつむきながらも、うなずいていた姿が印象的だったといいます。
洋子さんも、あのときは確かに気持ちは通じていると思っていました。
誰かのせいにする
ところが、それから数か月後。
昼休みのランチタイムに、C子さんから思いもよらぬ言葉が飛び出します。
いつものように、ミーティングブースに4人が集まっていたそのときでした。
「あんたのせいで離婚したんだよ!」
突然の怒鳴り声に、場の空気が凍りつきました。
社内がざわつき、休憩中の他の社員たちも足を止めます。
小さな空間に、社内中の視線が集まり始めていました。
「背中押すから、勢いで出てっちゃったじゃん!」
C子さんは泣きながら、洋子さんを指さすように責め続けました。
声は震えていても、怒りははっきりとしていました。
洋子さんは返す言葉がありませんでした。
なぜこんなことになっているのか。自分が悪いことをしてしまったのか。頭がついていかず、悲しい気持ちが押し寄せて、黙ってC子さんを見つめていました。
そのとき、年上の先輩が静かに言葉を挟みました。
「……それは違うよ。誰かのせいにしてたら、後悔しか残らないよ」
落ち着いたトーンでしたが、その声にははっきりとした意志が感じられました。
C子さんは、泣きながらトイレに逃げこんでしまいました。
まさか、私が加害者に
その場は、それで終わったように見えましたが、実は、それで終わりではありませんでした。
数日後、洋子さんの耳に飛び込んできたのは、信じがたい話でした。
C子さんが、会社の相談窓口に「洋子に嫌がらせされて人生が壊れた」と訴えていたというのです。
会社側は水面下で、先輩たちに事実確認を進めていたそうです。
あの日、先輩が声を発したのは、C子さんの誤解を見かねて、社内に向けて真実を伝えるためだったそうです。
善意のひと言が、逆に人を追い詰めることもある。
そのことを、私は洋子さんの話から知りました。
「何も言わないほうがよかったのかもしれないけど、それでも、励ましたかったんです。目の前で苦しんでる人に、何かしてあげたくて」
洋子さんがそうつぶやいたとき、その気持ちは本物で、彼女の温かい人柄が伝わってきました。
人との距離感――簡単なようで、いつも正解がわからない。
けれど、だからこそ、言葉を選ぶということ。誰かに寄り添うということ。
その意味を、私は静かに考えさせられました。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2022年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。