「結婚=幸せ」と信じて
娘が20代後半を迎えた頃から、私はずっと「早く結婚しなさい」と言い続けていました。
周囲の友人が孫の話をするたびに、「それに比べてうちの娘は……」と焦りを感じ、急かしてしまっていたのです。
「うかうかしてると、いい人がいなくなっちゃうわよ」
「出会いは年齢を重ねるごとに減っていくのよ」
顔を合わせるたびにそんな言葉をかける私に、娘は「分かってるよ。お母さんったら、心配性なんだから」と苦笑していたものでした。
母と娘のあいだにできた溝
娘の幸せを思ってのことでしたが、娘からすると、それは古い価値観の押し付けにしか過ぎなかったのかもしれません。
最初こそ笑って返してくれていた娘も、次第に無言になり、やがて私が結婚のことを口にするたびに、表情を曇らせ、返事をすることも少なくなりました。
取り返しのつかない一言
そんな状況が何年も続き、私は焦りと同時に、どこか諦めにも似た気持ちを抱くようになっていきました。
「もう、この子は結婚できないのかもしれない」。そう思いつめた私は、ついに言葉にしてしまったのです。
「結婚しないなら、もう1人で生きる覚悟をしなさいよ」
と。
言ってはいけない一言でした。
この言葉が、娘の我慢の限界を超えさせてしまったのでしょう。
それから1か月後、娘は家を出て一人暮らしを始め、連絡もほとんど来なくなりました。
本当に伝えるべきだったのは
そうなってみて、私はようやく気づきました。
結婚を急かしていた年月が、娘との関係にどれほど深い溝を作ってしまったのかということに。
結婚していなくても、娘は仕事や趣味に打ち込み、充実した日々を送っていたのです。
それなのに私は、まるで結婚だけが幸せの唯一の形かのように、自分の価値観を押し付けてきました。
娘自身の思いとは、きちんと向き合えていなかったのです。
今、娘とは電話やメッセージのやり取りもほとんどなく、年に1度も会っていません。
あの時、「あなたの選んだ道を応援するよ」と、ただそれだけを伝えていれば……。
娘が本当に求めていたのは、私の期待に応えることではなく、ただありのままの自分を認めてもらうことだったのだと、今になって痛感しています。
【体験者:60代・女性主婦、回答時期:2025年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。