月イチの差し入れは、仲の良さの証
かずこさんは、月に一度、煮物をタッパーに詰めて息子夫婦の家へ届けるのが習慣になっていました。だしをしっかり効かせた、我が家の味。息子が子どもの頃からよく食べていた定番の煮物です。
お嫁さんも「美味しいです」と笑顔で受け取ってくれる。その姿を見るのがうれしくて、かずこさんは毎月、せっせと作り続けていました。
誰かに食べてもらえるって、やっぱりうれしい。そう思える時間だったそうです。
嫁姑の関係もうまくいっている。そう信じていたかずこさんにとって、煮物は小さな絆の証のようなものでした。
ある日かかってきた一本の電話
ある日、かずこさんのもとに息子から一本の電話が入りました。
「もう、煮物の差し入れはやめてほしい」「おふくろの煮物って、味付けに何を入れてるの?」
突然の言葉に、かずこさんは戸惑いました。
理由を聞くと、思ってもみなかった答えが返ってきたのです。
「嫁ちゃんさあ……最近ずっと落ち込んでて。料理に自信なくして、夜も眠れなくなってるんだ」
毎月笑顔で「美味しいです」って受け取ってくれていた。それだけに、かずこさんは信じられませんでした。
息子は続けました。
「家族みんなで“すごく美味しい”って喜んでるんだけどさ、ほら、嫁ちゃん頑張り屋だからさ。おふくろの味に勝てないって、思い詰めちゃってたみたい。プレッシャーだったんだよ」
「いったい何を入れたら、お義母さんの味になるの」って。
まさか、良かれと思って続けてきたことが、そんなふうに受け取られていたなんて。
かずこさんは、スマホを持ったまま、しばらく言葉が出ませんでした。
ふたりで台所へ
翌週、かずこさんはいつも通りに連絡を入れました。
「予定なかったら、ちょっとだけそっち寄っていいかしら?」
煮物の材料を詰めた袋を提げて、そのまま息子の家へ。
インターホンを押す手は、少しだけためらいがあったそうです。
お嫁さんが出てきたとき、笑顔はあっても、どこかぎこちない。けれど、リビングに上がるなり、かずこさんはこう言いました。
「今日はね、一緒に作ってみない?」
だしや具材をテーブルに並べると、お嫁さんは顔を上げて笑って
「はい!」「お義母さん、重かったんじゃないですか?」
そう気遣ってくれる一言が、かずこさんにはたまらなくうれしかったそうです。
ふたりで台所に立つのは初めてでした。
最初はぎこちなくても、だしの取り方や火加減を伝えるうちに、少しずつ言葉が増えていきます。
仕上げの味見をしながら、かずこさんはつぶやきました。
「あなたの味がいちばんよ。」
そう伝えた瞬間、お嫁さんはポロポロと涙をこぼしたのです。
かずこさんは「ほら、泣かないのよ。涙でしょっぱくなるわよ」
そう言って、そっと背中に手を添えました。
“してあげる”から“寄り添う”へ
それ以来、煮物の差し入れはやめました。
けれど、関係が遠のいたわけではありません。
今では、お邪魔する前に「何か作りたいものある?」とリクエストを聞くのが習慣になりました。
ふたりで食材をそろえて、一緒にキッチンに立つ。
お互い初めて挑戦するレシピもあって、それが楽しみになったそうです。
帰りぎわには、「よかったらこれ」と、
お嫁さんが煮物をタッパーに詰めて、持たせてくれることも。
かずこさんがこんなふうに話してくれました。
「 “良かれと思って”が、相手のプレッシャーになることもある。“してあげる”じゃなくて、“一緒に”がいいのよね」
その日を境に、かずこさんは本当の意味で「寄り添う」関係を築き始めたと、うれしそうに語っていました。
【体験者:60代・パート、回答時期:2025年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。