メザシ3日制、発令。
メッセージを読んだ涼子さんは、ついに腹をくくりました。
翌朝、いつもより少し早くキッチンに立つと、冷蔵庫の前には義母の姿。
その背中に向かって、そっと声をかけました。
「お義母さん、全部お任せも悪いので……曜日を分けませんか? 火曜と金曜は、私が作りますね」
義母の手が一瞬、止まりました。
その瞬間、涼子さんの心臓がドクンと鳴ります。
「まずい、怒らせた?」
緊張で息が詰まりそうになり、そう思った次の瞬間、義母がゆっくりと振り返り、満面の笑みを見せたのです。
「いいじゃない、それ。月・水・木は私のメザシね!」
その朝のやり取りをカイトくんに伝えると、彼はがっかりした様子で言いました。
「母ちゃんお願いしますよ! けっきょく、週3日はメザシじゃん!」
涼子さんは、苦笑しながらこう添えました。
「おばあちゃんも、あなたにしてあげたいのよ。仕方ないじゃない」
するとカイトくんは、足を組んで少し声を張りました。
「マジかよー。じゃあさ、月・水・木はせめて鮭とかにしてって、俺が言うわ!」
ふてくされるでもなく、ちゃんと“自分で交渉しようとする”その姿に、涼子さんは心の奥で嬉しい成長を感じていました。
キッチンに立つ背中
しかし義母は、息子の訴えにも首を縦に振りませんでした。
「何言ってるの、昔からお弁当はメザシって決まってるのよ!」
まるで話にならない。そう悟ったカイトくんは、しばらく黙ったあと、こう言いました。
「じゃもういいよ。水だけは好きな物食べさせてよ。俺、自分でやるわ!」
そして、水曜日。
キッチンから聞こえるジュウッという音に、涼子さんがキッチンをのぞくと、
寝ぐせだらけのカイトくんが、フライパンをもってコンロの前に立っていました。
卵を焼く手つきは真剣そのもの。
ウインナーは焼きすぎて破裂し、牛肉は焼き肉のタレで焦がしてしまっていた。
それでも気にせず、ごはんをギューギューに詰めて、おかずをドンと乗せていく。無骨で不格好。でも間違いなく、自分の手で作った“はじめてのお弁当”。
「見て、俺のお弁当!」
そう言ってフタを開けると、続けてこうも言いました。
「みんなにも、俺の卵焼きおすそ分けね!」朝食用にもう一皿分、キツネ色の卵焼きが用意されていました。
涼子さんも、義母も、涙が出るほどうれしかったそうです。
キッチンに立つ息子の背中が、大きくて、たくましく見えた。そう振り返っていました。
【体験者:50代・パート勤務、回答時期:2024年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。