気合いのお弁当作り
Kさんは、小学3年生になる息子の運動会を、誰よりも楽しみにしていました。
唐揚げに卵焼き、彩り豊かな野菜、甘い果物……。家族みんなが大好きなものを、ぎゅっと詰め込もうと、数日前から張り切って買い出しをしていたそうです。
そんなとき、義母から「楽しみにしてるわ〜」とメッセージが届きました。
嬉しいはずなのに、胸の奥がチクリと痛むのを感じたKさん。
義母は普段から「最近の嫁は楽していいわね」なんて、つい余計なことを言ってしまうタイプ。
だから今回は、絶対に文句なんて言わせたくなかったのです。
朝早くから、キッチンに立ち続けたKさん。
お弁当箱に並んだおかずは、どれも心を込めた特別な一品でした。
やっぱり義母は……
午前中の競技がひと段落し、いよいよお楽しみのお昼休憩。
Kさんは、レジャーシートの上にお弁当を並べながら、小さく深呼吸しました。
今日は、きっと大丈夫。
胸の中で、そっと自分に言い聞かせます。
「うわー! すっごい!」
夫と小学3年生の息子が、顔を見合わせて歓声をあげました。
息子がお弁当箱をのぞき込みながら、目を輝かせます。
「俺の大好きな、唐揚げとゼリーも入ってる!」
その瞬間。
頑張ってよかった――。
Kさんの胸に、じんわりと小さな灯りがともりました。
でも、温かな空気に浸る間もなく。
義母が、にやりと笑いながら言葉を投げかけたのです。
「まぁ〜、ずいぶん楽したわねぇ。たくさん買ってきて」
……え?
耳を疑うKさんに、さらに追い打ち。
「詰め替え、大変だったでしょ?」
せっかく晴れた空が、心の中だけ曇っていくようでした。
逆転パンチ!
義母の言葉に、Kさんはムッとなり箸が進みませんでした。
またか。またそんなこと言うんだ。あきれた気持ちを、ぐっと飲み込む。
そのときだった。唐揚げを頬ばりながら、上機嫌な様子の夫が、ぽつりと口を開いた。
「買った方が、手間もかからず、文句も出なかったかもね」
……え? 一瞬、胸の奥がざわついた。まさか、夫まで。けれど、すぐ続きが聞こえたのです。
「母さん、来年はデパ地下で好きなお弁当買ってきなよ。楽だし、好きなもん選べるし!」
義母は、まさかの逆転パンチに、しまったと気まずい表情で、黙って箸をすすめていました。
Kさんが横目で夫を見ると、彼はそんなことまるでなかったかのように、息子と並んでおにぎりをほおばっていました。
「あ、俺のタラコだよ」「いいじゃん、ひと口だけ〜」
くだらないやり取りが、やけに愛おしかった。Kさんも、ふっと笑う。
そのとき、普段は寡黙な義父までも、Kさんに向かって微笑みながら声をかけました。
「おいしいね〜、ありがたくいただきますよ!」
微笑みあう家族の輪に、いつの間にか場の空気もふわりと和んでいました。
Kさんは救われた──と思ったのです。
勝負あり!
運動会が終わり、家に帰り着いたKさん。
お弁当箱を片付けていると、夫が笑いながら声をかけてきました。
「今日のお弁当、格別だったな……ずいぶん頑張ったね!」
そのひと言に、Kさんもようやく肩の力が抜けました。
ふとスマホを手に取ると、義母からメッセージが届いていたのです。
『あの唐揚げ、冷めてもおいしかったわ。お父さんがすごく気に入って。作り方、教えてくれる?』
スマホの画面を見た瞬間、思わず声が漏れました。
「えっ! うそ。」
驚きとおかしさが一気にこみ上げて、Kさんは笑ってしまいました。
あの義母が、まさか教えを乞うなんて――。
思い返せば、今日の運動会。
夫のナイスな反撃が、すべてを変えてくれたのです。
Kさんは思わず、にやりと笑い、そっとガッツポーズを決めました。
【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2024年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。