筆者の友人・H華は2歳違いの姉と2人姉妹。H華は優しい姉が大好きで仲が良かったのですが、幼い頃から母と姉がうまくいっていないことに気が付いていました。アウトローな生き方ばかりを選ぶ姉のことを母が嫌っていたと思っていたのですが──?

安定志向の強い母

私の母はとても安定志向の強い人で、大企業に勤めていた祖父の影響もあり、私たちが幼い頃から学歴や職業について確固たる信念がある人でした。
姉はそんな母とソリが合わなかったのか、中学に入るとだんだん道を外れるようになり、家にいる時間が少なくなるように……。

私は母から「お姉ちゃんみたいになっちゃダメよ!」と言われることが増え、2人の関係がギスギスしていることに悩んでいたのです。

親子の確執

姉は何とか高校に入学したものの、母が望んだ高校とはかけ離れたレベルの学校でした。
何とか高校を卒業したものの、進学も就職もせずフリーターに。

私は大学へ進学したものの、卒業時は就職氷河期。
内定がもらえず、就職浪人する羽目になってしまいました。
すると、そのことがショックだったのか、母は一気に大人しくなったのです。

母の告白

そんなある日、母が急に「2人に話がある。」と言い出しました。
姉も呼んで欲しいと言うので、私は家に姉を呼び話をすることに。
母が話し出したのは、単身赴任をしていると思っていた父のことでした。
なんと過去に母と父は不倫関係にあり、実は籍が入っていないと言い出したのです。

母は姉に対し「あんなにうるさく言っていたのは、私と同じような人生を歩んでほしくなかったからなの。」と言いました。
母は、私たちの父と知り合ったことで人生が変わってしまったと言うのです。
大企業に勤務していた自分の父親のおかげで、私たちを何不自由なく育てられたから、父のような人と出会うような人生にはしてはいけないと思っていたと話してくれました。

母と姉の和解

母の本音を聞いた私と姉は驚きました。
でも、母が口うるさくいろいろと言っていた理由がわかり、この話し合いをきっかけに、ようやく和解できることになったのです。

その後、私が結婚するときに戸籍を確認すると、やはり父親の名前はありませんでした。
自分と同じ轍を踏ませないように、母なりに必死だったんだろうと思っています。

【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2025年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:RIE.K
国文学科を卒業し、教員免許を取得後はOLをしていたが、自営業の父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄多くの「ちょっと訳あり」な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。介護士として働く。さらにシングルマザーとして子供を養うために、ファーストフード店・ショットバー・弁当屋・レストラン・塾講師・コールセンターなど、さまざまなパート・アルバイトの経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地、職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。