子供向けのピアノ教室を開いて……
Hさんは幼いころからピアノの才能があり、有名な先生にレッスンをして貰うなど、ピアニストになるべく鍛錬を積んでいました。
そして音大を出て、お店でピアノを演奏したり小さなコンサートを開催したりと、夢であったピアニストとして活動を始めたのです。
そんなある日、音大を出ているとご近所さんにポロっと話したところ、「うちの子にもピアノを教えて!」と頼まれてしまいました。
「わ、わかりました……」
「せっかくだし、ピアノ教室を開いたらどう? ピアノを習いたい子は沢山いるから、すぐに生徒さんが集まるよ」
ご近所さんにそう言われ、Hさんはピアニストの活動の傍ら、地域の子供たちに自宅でピアノ教室を開き、ピアノを教えることになりました。
先生の資格!?
ピアノ教室は順調に生徒が集まり、子供だけではなく大人からも「ピアノを習いたい」と申し込まれることが増えました。
そんなある日、ピアノ教室に体験で小さな女の子とその母親がやってきました。
「個人レッスンがいいんです。多分この子は才能があるから、他の子とは別にしてください」
母親はまだピアノを触ったこともないというその女の子を、才能があると言い張ります。Hさんは「絶対音感があるのかな」とさして疑問にも思わず、個人レッスンを引き受けることに。
「わかりました、では個人レッスンで基礎から始めましょう」
「ちょっと待って!」
母親はいきなり大きな声を出して、Hさんに言いました。
「先生、1回私たちの前でなんか弾いてみてください。あなたに先生の資格があるか、私が聴いてから決めます」
「……え?」
ピアニストとしてお金を貰っている身のHさんは、そう簡単に人に演奏を披露するわけにはいきません。あまりの申し出に絶句しているHさんに母親は続けました。
「娘には最高の教育を受けさせたいの、下手な先生に習って才能をつぶしたくないのよ」
「はあ」
念のためHさんはその女の子の両親や家族に音楽関係の人がいるのか聞いてみました。
「いいえ、いませんけど? ただ才能があるって信じてるんです」
きっぱりと言い切る母親を見て、もしこの子のピアノが上達しない場合、面倒なことになりそうだと思ったHさん。
「申し訳ありません。私にはお嬢さんを教える資格がないと思うので、お引き取り下さい」
きっぱりと断って、帰って貰ったそうです。
自分の子供の才能を信じるのは結構なことですが、これから教えを乞おうとしている相手に敬意を欠いた発言をするのは良くないですね。教室では、先生と生徒、親御さんとの信頼関係の構築は欠かせません。信頼関係が築けなければ、教える側と教わる側の関係は、きっとうまくいかないのではないでしょうか。
【体験者:30代・女性自営業、回答時期:2024年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:齋藤緑子
大学卒業後に同人作家や接客業、医療事務などさまざまな職業を経験。多くの人と出会う中で、なぜか面白い話が集まってくるため、それを活かすべくライターに転向。現代社会を生きる女性たちの悩みに寄り添う記事を執筆。