筆者の話です。
大叔父(義父の叔父)が亡くなり、他県に住む義叔母夫妻が葬儀に参列することに。
弔事ではありますが、結婚式以来の再会で少しでも親しくなりたいと思っていました──。

義母の一言に感じた疎外感

お茶を運んで台所から戻って来ない私たちを不思議に思い、夫や義叔母が
「こちらで一緒にお茶しましょう」
と声をかけてくれました。
何度目かの誘いに応じることにした義母は席を立つと
「ここにいて」
とあとに続こうとする私に指示し、自分だけ座敷の会話に参加するため台所を後にしました。

しかしほんの数分で戻ってきた義母。
「あちらはM家(義実家の苗字)の人たちが話しているから、私たちはここにいましょう」
といい、その後も頑なに私を台所から出してくれず、義母と二人きりの息苦しい時間を過ごしました。

叶わなかった再会の時間

それからも何度か夫が
「来てもいいんだよ」
と顔を出してくれましたが、義母の視線が気になり、私は身動きが取れませんでした。

「あちらはM家の人たちが話しているから」
という義母の一言が頭から離れません。
台所にいる時間が長くなるほど
【私はM家の人ではないのか】という疑問が心に広がりました。

義実家と距離を置く決意

義母がなぜ頑なにM家から私を遠ざけようとしたのか、その理由を考えるほど、疎外感と悔しさが募るばかり。
私が義叔母夫婦と仲良くするのを嫌がっているのか、それとも義母自身が義叔母夫婦と距離を置きたいからなのか……。
義母は「ここにいましょう」としか言わなかったため、理由は最後までわかりませんでした。

しかし、この出来事をきっかけに、私は義実家との関係を見直すことにしました。
「私はM家の人ではないのだから、無理に関わる必要はない」と考えることに。
その後も義実家の用事を頼まれることがありましたが、私は無理に応じることはしないと決めました。
「M家の人ではないなら、距離を置くべきだ」――そう考え、義実家の行事には関わらないようにしています。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2024年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。