DV夫
私は20代で結婚し、3人の子どもに恵まれました。
しかし、3人目の出産を機に仕事を辞めた私のことが気に入らなかったのか、夫からの経済的DVに遭うようになってしまいました。
子ども達が大きくなるにつれて、必要となる金額は増えていくのに、夫から渡される1ヶ月の生活費は3万円のみ。
食費だけでも足りないのに、洋服代の費用なども出してはくれず、何度頼んでもそれ以上増やしてくれることはなかったため、私は仕方なく事情を理解してくれている実家に助けてもらっていたのです。
決心
子ども達に不自由な生活はさせられないと離婚を我慢してきたのですが、ある時、夫に暴力を振るわれて顔面を骨折。
1週間ほど入院する騒ぎになりました。
このことをきっかけに、私は離婚を決意。
夫はなかなかOKを出さなかったものの、最終的には養育費の支払いだけで離婚をすることに合意して、私は3人の子ども達と新しい生活を送ることになったのです。
離婚後の生活
私は離婚前に就職活動を始めていました。
幸いにも心配してくれた友人の経営する会社に就職することができたため、生活への経済的な不安はだいぶなくなりました。
友人の会社は業績が順調で、ボーナスなども出るように。
結婚していた時よりも、安定した収入を手に入れることに成功したのです。
子ども達も父親のストレスから解放されたせいか、のびのびと生活するようになり、笑顔が増えていきました。
一人で頑張る私を助けてくれるようにもなり、心穏やかで楽しい生活ができるようになったのです。
もっと早く
私はもともと節約することが嫌いではなかったため、現在の生活もそれほど大変ではありません。
こんな心穏やかな毎日が暮らせるなら、もっと早く離婚しておけば良かったと思います。
子ども達に不憫な思いはさせたくないと離婚を我慢していましたが、きっとあんな生活を続けていることの方が、子ども達には悪影響だったはずです。
勇気が出ずに少し遠回りしてしまいましたが、今の幸せをかみしめて行こうと思っています。
【体験者:30代女性・会社員、回答時期:2024年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:RIE.K
国文学科を卒業し、教員免許を取得後はOLをしていたが、自営業の父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄多くの「ちょっと訳あり」な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。介護士として働く。さらにシングルマザーとして子供を養うために、ファーストフード店・ショットバー・弁当屋・レストラン・塾講師・コールセンターなど、さまざまなパート・アルバイトの経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地、職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。