結婚25年目に降りかかった「介護問題」
A子さんは25歳のとき、上司から紹介された男性と結婚しました。
当時は寿退社が一般的でしたが、A子さんは「仕事をやめて家庭に入るなんて絶対いや」と、夫婦共働き家庭を築きました。
あっという間に25年が過ぎ、50歳になったA子さんはある選択を迫られます。
義母の介護のために、キャリアを諦め退職
それは義理の親の介護。
義母に病気がみつかり、介護が必要な生活になったのです。
義理の両親は、長年病院に勤務していました。
それが関係しているのか分かりませんが、病院は大好きなのに介護施設は大嫌いなのです。
なにかあれば、すぐに「医者に診てもらう」が口癖。
A子さんが「コンビニか!」と突っ込みたくなるほど病院に行くわりに、義父は「妻の介護認定は受けさせない!」と謎の主張を繰り返すのです。
結局、A子さんは義父と夫の圧力に負け、義母の介護のために職場を退職しました。
義父も夫も非協力的で、疲弊する日々
ある日、義母の食事の時間に来客がきました。
そこでA子さんが「お義父さん、お義母さんの食事をお願いします」と言うと……。
義父は「親の世話は子どもがみるもんだ!」と言い残し、家から出ていったのです。
A子さんの離職前は「君だけが頼りだ」と言っていた義父。
しかし、実際に自宅で介護が始まると何も手伝いません。
さらにA子さんを追い詰めたのが、夫の態度です。
A子さんが愚痴を漏らそうものなら「そんなに嫌なら出ていけばいい」とまで言い放つ始末。
義母のために仕事もキャリアも諦めたのに……。
当時のA子さんは、自分の存在はそんなものかと毎日虚無感に襲われて過ごしていました。
離婚して第二の人生を謳歌!
A子さんはあるとき、自分の将来を思い浮かべました。
義母のあとは義父……そのあとは夫の介護が待っているなんて、想像しただけでも吐き気がします。
そして、彼女は離婚を決意。
2年後に義母を看取ったあと、周囲の反対を押し切って離婚。
その後は、生まれ故郷に戻りました。
今は、彼女の離婚を応援し支えてくれた友人と、共同で小さなカフェを経営しています。
筆者はA子さんの話を聞いて、介護はする側もされる側も相手へのリスペクトがないと難しいと感じました。
何事も、当たり前という態度ではなく感謝の気持ちが大切ですね。
ftnコラムニスト:広田あや子