とんでもないセコケチ同僚
Sさんは当時とあるクリニックの受付でアルバイトとして働いていました。そこで一緒に働いていたのが、シングルマザーのHさん。
クリニックにはHさんの他にもシングルマザーのスタッフがいましたが、Hさんだけはスタッフ内である意味有名な人でした。
それは何故かというと、Hさんはとんでもないセコケチ、セコくてケチな人だったのです。
「うちはシングルだから生活が苦しくて…… 」と二言目にはそう言って、職場の誰かが買ってきたお土産や、医師の先生が備品として買っておいてくれているインスタントコーヒーやお茶のパックをごっそり持って帰ります。
また職場の飲み会に自分の子どもを連れてきて、子どもの分の会費は払わずに食事を山ほど食べさせて帰ることも。
皆あきれていましたが、先生が優しい人で、「苦労してる人だから」と笑って許してしまうので何も言えませんでした。
大事件発覚
先生が許しているからと、Hさんはさらなるセコケチ行為を繰り返していました。
そんなある日、クリニックにやってきたひとりの患者さんが受付スタッフに尋ねました。
「こないだお渡ししたアレ、ちゃんと先生に渡してくれたかしら?」
「……アレ、ですか?」
応対したスタッフはぽかんとしています。
「アレよ! 〇〇屋のチーズケーキ! 先生に渡してねって受付の人に渡したんだけど」
「当院では患者さまからの贈り物は一切受け取っていないはずですが…… 」
周りのスタッフも皆、受け取っていないと首を横に振りました。
〇〇屋のチーズケーキはとても人気の品で、並ばないと買えないほどレアなものです。誰かが受け取っていたら気付くはずなのに、誰も知らないのです。
「ほら、いつも受付にいるあの髪の長い派手な人! あの人に渡したわよ、聞いてみてよ!」
スタッフの中で髪の長い人はHさんだけ。しかもその日はHさんがお休みの日でした。
「確認してからご連絡します!」
「お願いね! 先生にお渡しするために並んで買ったんですから!」
患者さんは怒りながら帰っていきました。
「私、Hさんに電話してみる!」
Sさんは慌ててHさんの携帯に電話をかけました。
「なんですか? 私休みなんですけど」
不機嫌そうな声で電話に出るHさん。
「確認したいんですけど、Hさん患者さんから何か受け取ってませんか? 〇〇屋のチーズケーキとか!」
電話の向こうで、Hさんが息を飲むのがわかりました。
「それは……まあいいじゃない。あげるって言ってるわけだし……」
「え、受け取ったんですか? じゃあどこにあるんです?」
「うちは生活が苦しいの! あんな高級品、子どもに食べさせてやれないんだもん!」
「まさか持って帰って食べちゃったんですか!? あげるって言ったって、Hさんにじゃなく先生にですよね?」
「どうせ先生が後でくれるんだから、先に私がもらったっていいでしょ!」
「絶対だめですよ! そもそも受け取っちゃいけないの!」
この病院には、トラブル防止のために患者さんからのプレゼントは原則受け取ってはいけないという決まりがありました。
「なに、Sさんどうしたの」
Sさんがつい大声になったところで、騒ぎを聞きつけた先生が受付にやってきます。そこで他のスタッフが事情を説明しました。
「ちょっと代わって」
先生はそう言ってSさんが耳に当てていた受話器を取り上げました。
「あのね、Hさん。今みんなに話聞いたんだけど、今回ばかりはちょっと見逃せないな。もう来なくていいから」
いつも優しい先生が、冷たい声でそう言って電話を切りました。
Hさんはあっさりクビになり、制服を返しに来た時も先生には挨拶もなしにそそくさと帰ったそうです。
「生活が苦しいって言うから、色々見逃してあげてたんだけどね……」
先生はシングルマザーのHさんを気遣って今までのセコケチ行為を見逃していましたが、さすがに今回は患者さんが絡むことなので許せなかったようです。
シングルマザーかどうかではなく、Hさんの人間性に大きな問題があったように思います。人に迷惑をかけるほどのセコケチ行為は慎んだ方がいいですね。いずれ大切なものを失うことになるかもしれません。
ftnコラムニスト:緑子