旦那さんはバツイチ
Yさんは当時旦那さんと結婚したばかり。旦那さんはバツイチで、前の奥さんのところに小学生の息子がいます。
「離れて暮らしていても俺の子どもだから、養育費は払い続けるけどいいかな 」
結婚が決まった時、旦那さんがYさんにそう言いました。相場よりはかなり高額な養育費でしたが、Yさんも働いていますし、自分は子どもを望んでいないため、養育費については口を出さないことにしたのでした。
前の奥さんとの離婚の原因は奥さんの浮気。浮気が発覚してから離婚まではあっという間で、親権もとられて精神的なダメージを受けていた旦那さん。
そんな彼の話を聞いたり励ましたりして支えたのが、同じ職場で働いているYさんだったのです。
子どもを連れて遊びに行くはずが
旦那さんはある日、子どもとの次の面会日にはあるテーマパークに行きたいと提案しました。そして、もしよかったらYさんにも来て欲しいとのこと。
「いいね! 私も行きたいな。お弁当作るよ」
Yさんはふたつ返事でOK。一度彼の息子に会ってみたいと思っていたのです。
そして当日。3人分のお弁当を持ってYさんと旦那さんは車で待ち合わせ場所へ。前の奥さんが子どもを連れてくるので、そこでバトンタッチしてテーマパークに向かう予定でした。
「あ、着いたよ。あそこにいるのが息子」
旦那さんが指さした方向に、小さな男の子と、髪の長い女性が立っていました。実はYさん、前の奥さんに会うのは初めて。
前に「どんな人?」と聞いたところ、「多分放っておけないタイプ」とだけ旦那さんが答えたのを覚えています。確かに細くてはかなげな雰囲気の美人で、男の人に守ってもらわなければ生きていけないような雰囲気の女性。
「あの……はじめまして」
そう挨拶したYさんを一瞥して、前の奥さんはふっと笑い、旦那さんを見上げて言いました。
「丈夫そうな人ね。あなた随分タイプが変わったんじゃない?」
Yさんはどちらかといえば背が高くで体格のいい、ボーイッシュな女性です。そりゃ私は放っておけないタイプじゃないけど、と思いながらもYさんは黙っていました。
「じゃあ行きましょ」
「……え?」
前の奥さんは子どもの手を引いて、さっとYさんの家の車に乗りこみました。しかも子どもは後部座席に乗せて、自分は当然のように助手席に。
「あれ、一緒に行くの……?」
旦那さんに聞くと、旦那さんはぽかんとしています。
「君も行くのか?」
「当たり前でしょ、この子を知らない女の人に預けられないもの」
はかなげな見た目のわりに、気の強さを感じさせるセリフ。前の奥さんはがんとして譲らず、結局そのまま4人でテーマパークに行くことに。
放っておけない女アピール!
「私、あいつと別れたの。それでね、ひとりでこの子をちゃんと育てていけるか不安なの……」
テーマパークに向かう車内で、前の奥さんが甘えるような口調で旦那さんにそう言うのをYさんは後ろで聞いていました。
「好きな人ができたから別れて欲しい、子どもは自分が育てるって言ったのは君だろ? こんなこと、子どもの前で言わせるなよ」
「でも、不安なのよ……」
寂し気に呟く前の奥さん。旦那さんが全くとり合おうとしないのが救いでした。
テーマパークについても、前の奥さんは子どもをYさんにまかせっきりで旦那さんにべったり。しかもテーマパークにヒールを履いてきているので、思い切り動き回ることもできません。
「おばちゃん! 次はあれに乗りたい!!!」
「いいよ、行こう!」
彼の息子はとても人懐っこくて元気な子で、活動的なYさんとが気が合いました。Yさんのお弁当も美味しい美味しいと言って沢山食べました。やはり1人増えたこともあって3人分のお弁当では足りず、Yさんが売店にフランクフルトや焼きそばなどの軽食を買いに行くことに。
Yさんが売店に走っている間も前の奥さんは知らん顔で旦那さんの隣りをキープし、か弱くてはかなげな、「放っておけない女」オーラを出しまくり。子どもがパパと話したいと言っても、「ママが今お話してるから」と譲りませんでした。
テーマパークの帰り道
結局日が暮れるまでYさんが息子と遊びたおし、帰りの車内では2人そろって後部座席でスースーと寝息をたてていました。
「あの子も奥さんも寝ちゃったわね。ねえ今なら話せるでしょ、私ひとりで不安なの。戻りたいって言ったら……どうする?」
Ýさんは前の奥さんの声で目を覚ましましたが、一応目を閉じておくことにしました。旦那さんの本心が聞きたかったのです。
「子どもには両親揃ってる方がいいと思うの……ねえ、黙ってないで何か言って。沈黙が怖い……」
甘えるような、か細い声。Yさんはヒヤヒヤしながら聞いていました。
「あのさ」
やっと旦那さんが話し始めました。
「いつまで人に甘えてるつもり? いい歳してみっともない。君は母親なんだよ? 俺が引き取りたいって言ったのを泣いて反対したじゃないか。それなら君がしっかりしないでどうする?」
「……え?」
予想外の返事に、前の奥さんは言葉に詰まっている様子。
「今日だってそうだ、母親役をすっかりYに任せてどういうつもりだ? そういう自分勝手なところが俺にはもう我慢できないよ。誰かにすがってばかりいないで、自分の力で生きてくれよ。じゃなきゃ息子を任せられない……! 」
いつも優しい旦那さんの様子からは考えられないほど、冷たい言い方。前の奥さんは傷ついたのか、家に着くまで黙ったままでした。
「今日はごめんな」
前の奥さんと息子をおろした後、旦那さんは申し訳なさそうに言いました。
「ううん、いいの。私も楽しかったし」
「そっか。なら良かった」
「息子ちゃん、いい子ね。わんぱくだし、きっとすぐに大きくなるね」
「……そうだな」
その後、息子との面会日に前の奥さんがついてくることはありませんでした。放っておけない女も、いつまでも人にすがっては生きられません、守るべきものがあるならなおさら強くならないといけませんね。
ftnコラムニスト:緑子