サッカークラブの遠征で
Mさんには当時地域のサッカークラブに所属していた小学5年生の息子さんがいます。
ちょうどその日は隣りの市のサッカークラブと練習試合をするため、クラブのメンバーとその保護者は大きなバスを借りて朝早くから遠征に出かけていました。
Mさんの旦那さんはお仕事で来られなかったので、Mさんが遠征についていくと、他にも顔見知りのママが数人いました。
「練習試合、うちの子はレギュラーじゃないのが残念だわ……」
現地に着き、子どもたちのウォーミングアップを見ながらママ友の1人、Cさんが大きくため息をついて言いました。
「大丈夫、次はきっとレギュラーとれるよ!」
そう励ましてMさんはCさんの肩をぽんと叩きました。
「あっ……!」
肩を叩いた拍子に、Cさんが持っていたお茶が零れてCさんとMさんの服に飛び散ってしまいました。
「ごめんなさい! これシミになるかも……」
Mさんは慌てて近くのコンビニに走りました。携帯用のウェットティッシュを買ってきてCさんと自分の服を拭くと、なんとかシミにならずに済みました。
事件発生!?
練習試合の休憩中、皆の荷物をまとめて置いてあった場所に戻ったママ友の1人が言いました。
「ちょっと、お金減ってるんだけど!」
「え!? どういうこと?」
「あ! 私もお金減ってる!」
皆が自分の財布を手に騒ぎはじめ、Mさんも慌ててお財布を確認しに行きました。
「私も減ってる……」
今日はバスのレンタル代を払うため、1万円札を千円札10枚にくずして入れておいたはずなのに、お札が3枚しか残っていません。どうやら荷物の中に財布を入れていた人全員が、お金を抜き取られているようでした。
「貴重品から目を離しちゃいけなかったね……でも一体誰が?」
「わかんない……みんな一緒にいたけど、途中でトイレに行った人もいるし」
「てか、犯人捜ししづらいよね……」
そこにいる全員が疑わしいのは確かですが、皆子どものサッカークラブの保護者どうし。これからも付き合いを続けていかなければならないのに、誰かを疑ったり犯人を捜したりして騒ぎが大きくなるとやりづらい。それがその場全員の意見でした。
会費を集めていると……
その場はとりあえず子どもたちに気付かれないよう騒ぎを収めたものの、お金を抜かれた人たちは腑に落ちないまま試合は終了。帰りのバスに乗り込みました。
「あ、今日の会費は1人2000円です!」
バスが発車する前に、コーチがそう言って会場とバスのレンタル代を集めるために立ち上がりました。
「良かった、ぎりぎり残ってた……」
Mさんはなけなしの2000円を握りしめ、コーチが前の座席から順番にお金を集めながら歩いてくるのを待っていました。
「……ん?」
Mさんの2列前の座席の人が財布からお金を出した拍子に、ひらりと一枚のレシートが飛び出てMさんの足元に落ちました。Mさんはそれを拾い、何気なくその内容を見ました。
「あ、レシート……ってこれ私の!!!」
そのレシートは間違いなく試合会場近くのコンビニのもので、購入した品目には「ウェットティッシュ」と印字してありました。時間もMさんがコンビニに走った時間に間違いありません。
「財布に入れといたのに、盗られたお金と一緒になくなってたやつだ……」
「え、そうなの? ちょっとこれ誰が落としたの?」
隣りの席にいたママ友が2列前にいる人に声をかけると、真っ青な顔で振り返ったのはCさんでした。
「Cさん! どうしてあなたが……」
「あの、保護者の皆さんだけ外に出てください! 」
誰かから事情を聞いていたのか、コーチが慌てて保護者だけをバスの外に出しました。
「ごめんなさい……うちの子がレギュラーになれないのが悔しくて……」
Cさんは皆に問い詰められ、そう告白しました。
「お金は返しますので、どうか……」
自分のお財布からお金を出し、Cさんは盗難被害者全員にお金を返していきました。
「子どもたちが騒がないように、皆さん今回のことは口外しないでください」
コーチが重い口調で言い、保護者たちは黙ってうなずきました。Cさんがしたことは犯罪ですが、Cさんの子どもに罪はありません。
まさかお母さんが泥棒をしたなんて、いじめの原因にもなりかねない大事件です。皆はそれ以上Cさんに何かを言うことはなく、口をつぐんだままバスに戻りました。
その後Cさんの息子はしばらくサッカークラブに在籍していましたが、練習試合には旦那さんが一緒に来るように。旦那さんは保護者のひとりひとりに丁寧な謝罪をし、子どもたちに言わないでいてくれたことを心から感謝していました。
レシートが偶然落ちて来なければ解決しなかった事件ですが、もうそんな事件が起こらないよう、それからは誰もが貴重品はずっと身に着けておくようになったとのことです。
ftnコラムニスト:緑子