隣人がもし、ちょっとした異常者だったら・・・?
数々のとんでもない事件を起こしてくれた、隣人シングルマザーの実話。
新聞の1面を賑わせた、隣人の娘
実際に起こった誘拐事件の話です。
新年が明けたばかりの穏やかな日。私が、娘と近所のスーパーに夕飯の買い出しに行った時のことです。レジに並んでいると、雑誌や新聞の棚を指さして、娘が言いました。「これって・・・おとなりのマリアちゃん(仮名)じゃない?」
私にはひとり娘がいて、3歳になったばかり。お隣にはシングルマザーの女性が、やはり娘と同じ年の3歳の女の子と一緒に暮らしていました。アパートの隣の部屋だったので、保育園から帰ってくると娘とマリアちゃんはよく、ふたりで中庭の砂場で遊んだり、一緒におやつを食べたりして過ごしていたのです。
しかしこの隣人、ちょっとネグレクトの形跡がありました。
私が娘を連れて保育園から戻ると、マリアちゃんはひとりでベランダで過ごしています。「お母さんは?」と聞いても「わからない」と答えるばかり。確かに家のドアにはカギがかかっていて中には入れないようです。
おやつも食べられないマリアちゃんを気の毒に思い、私はマリアちゃんにおやつを食べさせる事もありました。
誘拐事件の真相
そんな隣人の子が、まさか新聞の1面を飾っているのです。ビックリした私は、家に帰ってからネットで記事を探しました。
するとマリアちゃんは大みそかの夜に、大勢がカウントダウンをする広場から忽然と姿を消したのだとか。母親が慌てふためいて警察を呼び、近くの川に落ちたのではないかと大捜索をしたのですが、結局見つからなかったのだとか。
普段ネグレクト気味の隣人も、これはさすがに堪えているだろうと、私は心が痛くなりました。
ところが日が経つにつれて、新たな証言や証拠が出てきました。大みそかの深夜0時半ごろ、広場から続く小さな通路を、見知らぬ男に手を引かれて歩いているマリアちゃんの姿が、防犯カメラに残っていたのです。
新聞は「誘拐事件」として大々的に報道しました。
壊れ始めた隣人
その頃から隣人は、少しずつおかしな行動を取るようになってきました。ある日「ちょっと来てくれ」と呼ばれて隣人宅を尋ねると、キッチンでボヤを起こしていたのです。なんでも、揚げ物の鍋をほったらかしにしてしまい、火がついたのだとか。
キッチンは換気扇が焼け焦げて、棚やシンク周りにすすがつき、プラスチックの異様なにおいが漂っていました。こんな焼け方をしたにもかかわらず、火災報知器が一切鳴らなかったのも不思議なくらいです。
また、深夜23時にふと窓の外に目をやると、ベランダのガラスに火が映っているのが見えました。先日ボヤを起こしたばかりだったので、慌てて何ごとかと思いベランダへ出てみると、何と隣人がベランダで独りBBQをやっていたのです。
またある日から、いつも違った見知らぬ男が隣人の部屋を訪ねてくるようになりました。昼夜問わずです。
真冬の寒い中、真っ赤なベビードール姿でフラフラと外を歩いている彼女の姿を見かけることもありました。酔っている様子はありませんでしたが、歌を歌いながら、なんだかふわふわとしています。
そのうち、誰かが通報でもしたのか、市の職員が彼女の家を訪ねてくるようになりました。
幸せになってね・・・
それから何か月も経った頃、私は隣人の女性の「お姉さん」と名乗る女性と会う機会がありました。そして、例の誘拐事件の真相を知ることになるのです。
マリアちゃんをこっそり連れ出したのは、見知らぬ男ではなく、彼女たちの親戚のオジサンだったのだそう。疑っていたネグレクトは本当で、隣人はマリアちゃんの世話をきちんとせずにご飯もあまり食べさせていなかったのだとか。
その様子を見かねたお姉さんたちは共謀して、大みそかの夜に彼女をひと気の多い場所に誘い出し、マリアちゃんをこっそり連れ出して、父親の元に返したのだといいます。
お姉さんたち曰く「最近のマリアの写真を見せてあげたいわ。丸々太って健康そうで、本当に幸せそうなのよ!」と。
マリアちゃんは、お父さんの元で幸せに暮らしていることが分かり、私たちも安心しました。
間もなく隣人さんは、別の男性と再婚したらしく「新しい夫」を紹介されました。無精ひげを伸ばした、色黒のだらしなさそうな人でした。
私は引っ越しをしてしまったので、彼女との付き合いはなくなりましたが、ときおり街中でピンクのベビーカーを押しながら歩く彼女を見ることがあります。
今度はちゃんと幸せに子育てしてね。私は祈る気持ちで、そっとつぶやく事しかできません。
ftnコラムニスト:叶かなえ