今回はかなり前に購入した商品を強引に返品しに来るという、迷惑なクレーマーのお話です。
オープンして半年のお店
当時私は婦人服やバッグを扱っている小さなお店で働いていました。事件が起きたのはそのお店がオープンしてまだ半年くらいの頃のことです。
お店はショッピングモールの片隅にあり、その日私は本社からの指示により、お店の入り口近くにあるマネキンを着替えさせていました。
「ちょっとアナタ」
ちょうどマネキンの腕を外している時、ふいに声をかけられて私は手を止め、振り返りました。
そこにいたのは小柄な女性のお客様。50代くらいで、普通の奥さんといった感じの人でした。
「はい、なんでしょう?」
何か探しているものがあるのかと、私はマネキンの着替えを中断。
「店長出して」
「…え?あ、はい…」
店長を怒鳴りつける女性客
なんだか不穏な空気を感じた私はとりあえずマネキンから離れ、店の事務所に走りました。当時の店長は若い男性で、ちょっと頼りないところもありますがとても穏やかで人当たりがよく、皆に好かれている人でした。
「店長すみません、店長出せってお客様が」
「ええ~、何なに?怖いなあ」
事務所でシフトを作成していた店長は慌てて事務所から出て、レジ前に移動していた女性客の前へ。役目を終えた私がマネキンのところに戻ろうとした時でした。
「どうしてくれんのよ!!!」
ちょうどその時間は他のお客様もおらず、小さく音楽が流れているだけの店内に、女性の声が響き渡りました。
投げつけられたバッグ
「え、何事!?」
レジの方を見ると、さきほどの女性客がレジカウンターの中にいる店長にバッグを投げつけているところでした。
「お客様、落ち着いてください」
「落ち着いてなんかいられないわよ、こんなもの売りつけて!お金返して!」
「レシートはお持ちでしょうか?」
「持ってるわけないじゃない!!!」
店長と女性客のやりとりが聞こえてきました。どうやらその女性客が以前この店で購入したバッグが壊れてしまい、返金して欲しいようでした。
「…現在この商品のお取り扱いがありませんので、お値段を調べてから返金を…」
「自分の店の商品なのに、値段もわかんないの!?どうなってんのよこの店は!」
「大変申し訳ございません、調べてからご連絡しますので…」
「明後日また来るから、それまでに調べときなさいよ!」
終始声を張り上げ、女性客はそうまくしたてて帰っていきました。
「店長…」
私はレジカウンターで呆然としている店長に駆け寄りました。
「いやー、怖かったね。バッグ投げられちゃった…」
カウンターに置いてあるバッグを見ると、長さを調節するプラスチックの金具が壊れたショルダーバッグがおいてありました。
「え、でもこれ…」
どう見てもそのバッグは使い古されていて、ところどころ傷がついているうえに、形も崩れていました。
仕方なくご希望に添うことに…
「かなり使い込まれてるよね、これ」
「はい…ていうか、いつ売ってたバッグでしたっけ?」
そのバッグはオープン直後に入社した私でもあまり見たことのないバッグ。レシートもタグもないため、返金しようにも値段がわかりません。
「同じものはもうないし、ちょっと本部に問い合わせて値段調べるわ」
「え、返金するんですか?どう見ても使い古してますけど」
「仕方ないでしょ、また騒がれても困るし」
「まあそうですけど…」
「ただのクレーマーだよ、ほんと」
店長はバッグを持ち、肩を落として事務所へ戻っていきました。
調べたところ、そのバッグは半年前のオープンセールで売り切れたバッグだということがわかりました。
どのようにして壊れたのかは知る由もありませんが、少なくとも傷ついたり形が崩れたりするような使い方で半年間も持っていたらそりゃ壊れるのも早いだろうとしか思えません。
大抵のお店は半年前の商品は返品をお受けすることすらできないはずです。しかもレシートもない場合、お店の接客マニュアルでは返品不可になっています。
女性客もそれをわかっていたからこそ、スタッフではなく店長を呼びつけて大声で騒ぎ、返品を受けさせたのかもしれませんね。後日その女性客に返金したと聞きましたが、モヤモヤした気持ちは拭えませんでした。
ftnコラムニスト:緑子