男性由来の古着のデニムやミリタリーウェアがベースだから、ポケットは男性の手が入るサイズに
開口一番「このテーマでどうして僕に取材なんだろう、って」と染谷さんは戸惑っていたものの、この企画をファッションデザイナーに取材することが決まった際、最初に思い浮かんだのが染谷さんでした。
それは染谷さんの作るパンツを何本かはいた経験から。どれもスマホや二つ折り財布も収納ができる深さがありました。染谷さんは男性的な洋服を女性向けにデザインし、かつご自身は男性。女性服よりもポケットが機能的な男性用の洋服を身に着ける身であり、その感覚はポケットをはじめ、よりディテールを意識的した洋服作りをされている気がしたからです。
染谷さんは「女性の服にはポケットが少ない。ポケットがあっても小さい」問題は知らなかったそうですが、「以前から婦人服のポケットが小さい認識はありました」とのこと。
「意思があれば小さいポケットでもいいと思います。意思を感じさせないサイズのポケットが一番困ります」と断りながら、自身がデザインする洋服のポケットをこう考えています。
「【シンチ】は『ポスト ヘリテージ』をコンセプトに、古着のデニムやミリタリーウェアの素晴らしい部分を抽出して、デザインに反映させています。ミリタリーは特にそうですが、参考にするメンズの古着はディテールを重視しているので、ポケットのサイズも必然的に大きくなります。だからデザインする際には、必ず男性の手が入るサイズにしています」
「同時に着心地のよさ、スタイルよく見えることも重要です。特にレディスのパンツは、スタイルよく見えるデザインが求められます。ポケットの大きさや位置といった視覚的効果でヒップが小さく見えるので、ヒップのポケットはよく研究されています。対して、前ポケットはおざなりな印象です。レディスのジーンズの前ポケットは特に小さく、手すら入れられないものもありますよね。デニムパンツは男性由来のアイテム。ポケットがあまりに小さいと、僕が大事にしている本来のデニムらしさやミリタリーウェアらしさが失われるのもあって、僕の作るパンツはポケットが大きいんだと思います」
20年以上に及ぶデザイナー人生の中で、常にパンツのポケットは大きめを心がけていたと続けます。
「パタンナーから上がってくるサンプルは、ポケットが小さいことが多かったんです。他のレディスウェアのブランドがそうだから、パタンナーは婦人服のポケットは小さいのがセオリーという考えがあったようです。それは僕が求めるデザインとは違う。ポケットが浅ければ2cm深くとか、細かく調整を重ねて作っています。ちょっとしたことかもしれませんが、細部にまでこだわることで違いが出てくると思うので。ポケットに限らず、全体のシルエットの中でよりメンズライクに見える服作りを心がけています」
シルエットは関係ない。タイトなパンツでもポケットは大きくできる
男性向けと違い、女性向けはタイトなシルエットが多いからポケットが小さいのでは?という考えがありました。それに対して「ポケットの大きさにシルエットは関係ない」と、染谷さんは異を唱えます。
「すごくウエストが細いとかヒップが小さいとか、物理的にできないケースもありますが、パンツはベルトループやサイドの縫い目の位置を調整すれば、基本的にポケットは大きくできます。シルエットは関係なく、ディテールのバランスを考えないと、ポケットは小さくなります。だからレディスに限らず、ポケットを重視していないと、メンズでもポケットが小さいパンツはあると思うんですよ」
消費されないデザインを選ぶことが、満足のいくポケットにつながる可能性も
どうして婦人服のポケットは大きくならないのか。これが今回染谷さんに一番尋ねたかった質問でした。
「デザインに時間がかけられなくなっているのかな、と感じます。僕は古着など参考になる実物を探してきたうえで、自分でデザイン画を起こしています。一方でクイックに作られた印象を受ける洋服からは、流行っているデザインを画像検索して、その画像をパタンナーに見せているだけなのでは、という雰囲気を感じます。デザイナー自身、参考になる実物を見ていなければ、神経が行き届かず、ディテールはおざなりになるのかな、って」
「一つの商品に対してもっと時間をかけて作れたら、こんなにデザインも使い捨てられないと思うんです。中途半端に作っているから中途半端な売れ方しかしなくて、どんどんデザインが消費されている気がします」
目まぐるしく新作が投入されるファストファッションが私達にとって当たり前になりました。デザインはお気に入りを見つけるのではなく、流行の一環となった今、少々耳の痛い話でもあります。
染谷さんはこうも言い添えてくれました。
「みんなに長く愛されるものを作ろうってなれば、デザイナーももっと考えるし、デザインに向き合うでしょう。いいデザインが生まれたら、長く売りたいってなるはずなんです。本来モノはそういったスパンで作る方がいいんです。同じモノを何回も繰り返し作っていると、完成度が高くなっていきます。縫製工場も最初より2回め、3回めの方が上手に仕上げてくれるんですから」
「ただポケットを付けておしまい、では意味がない。スマホを入れるとはみ出るとか、シルエットがだらしなくなるとか、そういう実用性の低さや見た目の悪さを払拭するため、しつけをちゃんとしておくとか、そういうところまで考えてデザインしています。試着の際はそのあたりも気にしてもらえると嬉しいです。もちろんメンズライクな洋服が苦手な女性もいますし、極端にポケットが小さくてもそれが可愛いデザインもあります。ポケットのサイズは僕自身の好みの問題であって、一概に小さいポケットがよくないということではありません。ご自身が一番心地よいと思える洋服を選んでほしいです」
ポケットを飾りではなく、機能性のあるパーツで捉えているからこそ、デザインを妥協しない。当たり前に思えることでも、今はそういうこだわった洋服作りが難しい時代に突入している。染谷さんのお話を聞きながら、そんなことが思い浮かびました。
安いから、可愛いから。洋服を選ぶ理由は単純でもいい。ただ、細部にまでデザイナーのこだわりが宿った洋服を選び続けていくことで、本当にあなたがほしいと思える一着に出合える可能性を秘めています。
CINCH STORE
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Photograph:川本史織
Senior Writer:津島千佳